坂佐井雅一さんへのリレーインタビュー

株式会社エリアプロジェクト代表 小杉駿介さんからのリレーインタビューは、NPO法人協同労働協会OICHI理事長の坂佐井 雅一(さかさい まさかず)さんです。

久しぶりに、今回は対面でのリレーインタビューとなりました。初対面だというのに、顔を合わせた瞬間から話し始め、話しながら名刺交換をして椅子に座りましたが話が止まりません。
「録音をしますね」と、私が切り出してやっと話が中断しました。その後さらに一気に2時間、坂佐井さんとの話は尽きませんでした。

今、私がこの記事を書きながら、その時に交わした名刺を見ていると意外なことに気がつきました。
OICHIのロゴが1円玉に見えるのです。

何故1円玉かと考えてみると、そういえばインタビューの中で1円を稼ぐことの難しさについて、坂佐井さんがお話しされていたのを思い出しました。
1円を稼ぐことにこれほどのこだわりがあったのか。

あらためて私は坂佐井さんの懐の深さを感じながら、このインタビュー記事を書いていました。(聞き手:昆野)

OICHIロゴマーク

――OICHIのHPを拝見していて、おや?と思った点がありました。それは、“日本人の思想の根源とか和の精神、あるいは生涯現役”について述べられていることでした。
少し驚きました。

坂佐井雅一さん:凄いところに目がいきましたね(笑)。私がサラリーマンだった頃はまさに実力主義で、グローバルスタンダードというものを強く意識した時代でした。
日本の働き方より、海外の働き方が正しいといった風潮で、民主主義と言っても勝ち残った人間が一人いるだけの実力主義でした。
「日本人には向かないんじゃないかな?」、その頃から私はそんな違和感をもっていました。もっと信頼関係を築いて、みんなで協力し合える関係をつくった方がいい。そう私は思っていました。

――その頃は、どんな仕事を? 

坂佐井雅一さん:美容と健康器具の卸会社にいました。海外にも展開している会社だったので、そんなことを考えていました。
その頃私は、部下の意見を吸い上げて会社の変革に生かそうと、社内でよく意見を言っていました。すると、ある日突然社長から「お前うるさい、会社を辞めろ」と言われてしまいました。「私が辞めたらこの会社は潰れてしまう」と思っていた私は、まさか辞めろと言われるとは夢にも思っていなかったので、かなり動転してしまったんです。

そしてその時初めて、自分の考えが正しいと思っていても、その考えを押し通してずっとこの会社にいられるものではないと気づきました。
いつしか私は会社に依存していた。依存から自立に向かって意識と行動を変えないと、いずれ仕事を失ってしまう。そう気づいたんです。
ただ、すぐに辞める訳にはいかなかったので、結局私は社長に泣いて謝りました。
「次はないな」、私は悟っていました。そして自立の道を探し始めました。

会社員時代(中央が坂佐井さん)

――何か見つかりましたか?

坂佐井雅一さん:いいえ、自立の方法がまったくわかりませんでした。思い浮かびもしませんでした(笑)。
しばらくしてユーキャンの広告が目に飛び込んできました。資格を取れば何とかなりそうだな。微かな可能性を感じて、基礎講座を受講し、商品を決め事業計画をつくって卒業しました。しかし机上の空論に過ぎず、まったく事業にはなりませんでした。

結局、アタマで考えたものを行動に移さなければビジネスにはならないことを知り、その後異業種交流会などに参加するようになりました。
そして、そこで出会った3人で「オーディオブック」という商品をつくりました。

それが初めて1円を生み出し、自立の一歩になったんです。

立ち上げ時メンバー3人と小朝さん

やっと1円を稼ぐことができた。3人だからできた、私一人では動かなかったことが3人集まることでどんどん動き出した。仲間と協力関係を築けば自立の道が開ける。それが和。私は、そう感じていました。
その後セミナーを開催して、3人集まってこうすれば1円稼げるよと伝えていきました。そして400人程のコミュニティができ、その後2011年1月に会員制組織として法人化しました。それがOICHIです。

自分のように不安で怯えているサラリーマンが、生涯現役で働ける仕事を見つけるプラットフォームを3人でつくりたい。そう思っていました。
リストラに怯えるサラリーマンたちを、自分の好きなことで働ける生き方に変える。それが結果的に、健康的な働き方になるだろうし、幸せな働き方になる。
そういう人たちが、子どもたちに働くことの素晴らしさを伝えていけるのではないかと思っています。

――法人化する以前に、すでに400人?何故NPOにしたんですか?

坂佐井雅一さん:そうです、すでに400人程いました。NPOにした理由は、私はサラリーマンの時に何がイヤだったかというと上下関係で、その中で仕事をするのが本当にイヤだったからです(笑)。
NPOであれば全員の意見を聞いて総会で決めることができます。

――設立は2011年1月。3.11の直前ですね?

坂佐井雅一さん:そうなんです。今ここで、こうやって活動できているのは3.11の影響が凄く大きかったんです。

――そうでしたか・・・、どんな影響でしたか?

坂佐井雅一さん:当時の事務所は都内にあって、3.11当日私は横浜市青葉区にある自宅まで歩いて帰りました。その時初めて、私は地元というものを意識しました。
地元を拠点に人がつながり、ビジネスで地域社会に貢献できないか・・・。私の中に、そんな意識が芽生え始めました。

立ち上げたばかりのOICHIはまだ収入が少なく、さらに都内で異業種交流会等を運営する団体間の競争は激しさを増すばかりで、価格競争も激化していました。結局、その後都内からの撤退を決め、ここ横浜市青葉区に移転しました。「地域に根ざした活動をしたい」、そういう想いが強くなったのです。

最初は、ここで異業種交流会を開いても人が集まらず難しいかなと思っていましたが、4回目の時に初めて主婦や保育園の園長、運送会社の社長が集まってくれました。その後も毎回30名程の方が集まり、地域の情報交換をするようになりました。
実はその頃、このオフィスも商店街の空きスペースで、商店会長が何に使ったらいいか悩んでいました。それで、私にやらせてほしいと話してバーチャルオフィス付きの起業支援を始めました。2014年のことです。

――ここはオフィスとして登記する以外にも、住所のみを登録することができるんですね。そういえばHPを拝見したら、坂佐井さんはフリーの時に自宅住所を使用していて、クレーマーに追いかけられたと言われていましたね(二人大笑)。

坂佐井雅一さん:あの時はホント怖かったです。3年程追いかけられましたから。
住所登録によるバーチャルオフィスも、周囲からは「銀座一等地の住所にしたいからバーチャルにするのであって、青葉区じゃ誰も住所を借りたいと思わないよ」と言われました(笑)。
確かに最初は30人程でしたが、2〜3年で400人がここを住所にしたんです。

――坂佐井さんが何故追いかけられたのかわかりませんが(笑)、特に女性は自宅住所を公開しない方がいいですよね。

坂佐井雅一さん:危ないです。でも銀行は自宅で登録させようとします。未だに実態がないと口座をつくれないことが多く、私はそういう時代じゃないと銀行を押し切ってきました。
その後、国の仕事をされている著名な人もここで登記すると、銀行も「そうでしたか」と現実を見るようになりました(二人笑)。

まちなかBizあおば 5周年パーティー

――HPでもう一つ気になったことは、本業で社会貢献と書いていることです。以前から私は、企業は取って付けたような貢献活動ではなく、本業で社会的課題を解決しなくては、社会は良くならないと言っています。
珍しいなと思いながら拝見していました(笑)。

坂佐井雅一さん:企業を生かすも殺すも、その企業が社会に必要とされるかどうかに懸っています。本業によって社会に必要とされ、事業を継続できる企業になることがとても大切です。

――私は拙著『誰を生きている』にも書きましたが、そもそも企業は地球環境や社会の恩恵を受けて成り立っている。それを理解すれば、社会の役に立つことが当たり前です。今後、企業は何の役に立っているのかを、問われ続けることになるでしょう。

坂佐井雅一さん:話が合いそうですね(二人大笑)。ここで始めた時は、地域を食いものにするのかとか、いろいろなことを言われました。団体からクレームが入ったこともあります。
地域でビジネスをすると、そういう目で見られます。だから既存の団体は奉仕活動をしています。お祭りの時は、参加する会社は本業を隠して奉仕に徹しています。

しかしそんなことを続けていたら、地元の会社はすべて潰れてしまいます。本業でお祭りに参加できるようにしないとダメなんです。暫くしてここの会員が増えると、あまりクレームを言って来なくなりました。むしろ、すり寄ってくる感じです(笑)。
私は、社会に役立つことをしているからこそビジネスといえる、素晴らしいことをしているからビジネスだと思っています。地域で堂々とビジネスをしていきたいし、そういう会社が増えることで地域を良くしていきたいと取り組んでいます。

地域活動にて

――経済の教科書の1ページ目に、企業の目的は「利潤の追求」と書いていました。だからほとんどの企業は、聞こえのいい、取って付けたような社会貢献しかしていません。
それで何が悪いんだという意識が根っこにあるし、表面的な貢献で自社のイメージアップになればいいと思っている企業も多いと思います。そんななか市民の目は厳しくなり、例えば見せかけの社会貢献は「SDGsウォッシュ」などと揶揄されることも多くなっています。
まずは企業で働く自分はどうするのか、そこが原点であり、自問自答すべきことなのでしょう。

坂佐井雅一さん:みなさんが自分らしい働き方をすることで、楽しい人生にしてもらいたい。1日の中で、働いている時間は一番長いじゃないですか。働き方によって世の中が不健康になっています。
いろいろな働き方があるけれども、楽しんで働くことを認めようとしない。未だに、汗水流し苦労することが働くことだと思っている人が多いですね。
健康寿命が伸びるような働き方に、変えていくことが大切です。
働くっていいね!そう思えることは、これからの社会にとってとても大きな意義をもちます。

坂佐井が付けたこの写真のタイトルは『楽しそうな写真』

――スポーツ界など様々な業界で、楽しくなけりゃという考え方が広まってきました。ビジネスでも当たり前にしたいですね。
ところで子どもたちに何を伝えたいですか?

坂佐井雅一さん:やはり楽しんで働けるようになってほしいですね。楽しいとは、ラクということではありません。
やりがいをもって、”自分が関わった人がしあわせになるような働き方”ができると、凄く楽しい社会になると思います。
実は、私は四人兄弟の長男で一番上でした。ですから、あまり家族におカネの苦労を掛けさせたくないと思い、なるべく早く就職したいと思っていました。そういう子どもでした。大学進学は考えず高校を卒業して就職しました。すると、すぐに彼女ができて結婚を考え始めたんです。
ところが、その頃働いていた家具メーカーの給料では、家を出て独立しようと思っても全然おカネが足りなかったんです。それで、転職することにしました。
しかし、その時に私が会社を選んだ基準はおカネでした。ただそれだけでした。
だから逆に、人生おカネだけじゃないと思えるようになったんです。

――本当の楽しさと一過性の楽しさの違いを、大人もあまりわかっているとは思えないですね。子どもの方がよくわかっていると思います。本当の楽しさは悦びのようであり、うれしいものだと思います。本来、人間は誰かや何かの役に立つことで悦びを感じる生き物。
でも今の世の中は社会の役に立つ仕事をしている人が、厳しい状況になっていく。真っ当な仕事をしているので、それが継続できればきっと社会は良くなるのにやり遂げられない、あるいは引き継がれないことが多々あります。

大切なことをわかっている人同士が助け合う、それぞれがやり遂げられる状況をみんなでつくっていく。そんなセーフティネットのようなしくみを、今儲かっている企業が支援をしてつくり上げていく。
次に、こちらの企業が儲かって余力ができたら支援する側になる。融通し合えばいいんですよ。

坂佐井雅一さん:発展的な助け合いっていいですね!サラリーマンは社会に守られて生きているといえます。一方で世の中の役に立ちたいと思っても、行政マンやサラリーマンのように守られている人からすれば、好き勝手なことをやっている人にしか見えない。
だから、やりたいことをやる人たちが支え合うことが大切です。
最近、60歳と65歳で雇用延長することで、給料は半減し、その間は年金をもらえないことに不安を感じている人がとても多くなっています。

――以前、「安定というリスク」について考えていたことがあります。多くの人は安定を求めて生きているようですが、それは損得勘定を優先しリスク回避をして安定を手に入れようとしています。
自分らしく生きていると、取るべきリスクを取ることが必要になりますが、リスクを回避してばかりいてはいつか必ず最大のリスクにぶち当たることになるでしょう。

60歳や65歳まで同じ会社で働くということは、自分らしさや人間らしさを横に置いて働いてきたように思えます。ある意味でつまらない人生の選択をしていることに、気づいてほしいと思います。
自分の人生だからつまらないとか言われたくないと思うかもしれませんが、子どもたちからすればつまらない顔をしている大人は迷惑この上ないと思います(笑)。
結局そういう大人は、子どもたちの迷惑になっているという自覚はないんですよね。

坂佐井雅一さん:60歳過ぎてボランティアをしている人たちも、実はおカネを稼ぎたいと思っています。清掃活動のような街なかのボランティアの人たちは、生活自体が苦しくなってきています。有償にしてほしいとも言えず、何とかおカネに変えたくて行政の補助金を申請したりしています。
それって、ちょっと違うんじゃないかと思うんです。

――ボランティア本人は言い出しにくいでしょうね。そこは第三者に言ってもらうことで、どちらも助かるのでは。
例えば坂佐井さんが間に入って、「清掃活動のおかげで街はいつもきれいでありがたい。長く続けてもらうためにも有償にして、この良好な関係を維持した方がいい」と助言することでみんなが気持ち良くなれると思います。

坂佐井雅一さん:なるほど、そうかもしれませんね。継続することの大切さを理解してもらう必要がありますね。有償にすることで、活動に参加する人が増えていくためにも大事なことですね。
ビジネスも継続するためにどうするかが大事です。あるデータでは、起業して1年で4割~5割がなくなり10年後も存在している企業は1割程度と言われています。
継続ってとても工夫が必要なので、先輩たちの経験を生かせる社会にしたいですね。

そういう意味で、このリレーインタビューは凄くいいなと思いました。頑張っている人が集まっていて、頑張っている人たちの情報に触れ、さあもうひと踏ん張りしてみようという気持ちが湧いてきます。

――あたかも起業がゴールのようなノリで、起業塾や起業支援を行っている広告などを見かけますが、起業そのものは誰でもできるじゃないですか。
起業し事業化をしてビジネスを軌道に乗せる、それを世の中の役に立つことで成り立たせていくことに意義があり、醍醐味があります。

坂佐井雅一さん:今コロナの影響で困っている人たちがいる一方で、これまで通り給料をもらっている人たちもいます。サラリーマンの多くは後者だと思いますが、どうも私には自分本位に見えてしょうがないんです。もっと困っている人を慮る、やさしい社会にしたいですね。それが和だと思っています。

――自分本位が正しいと勘違いしている人は多いですね。自分らしく生きることと、自分が良ければいいという生き方はまったく違います。
それぞれが自分らしく生きることは、そこに調和が生まれるということです。その違いは大きいと思いますね。

人間は、誰かや何かの役に立った時に悦びを感じる生き物です。
忘れてしまっているそのとても大切なことを、思い出してほしいと思います。そのきかっけとなるのが、体験だと私は思っています。
これから何をしたいですか?

坂佐井雅一さん:最終的には、ボランティアをしつつ、自分の生活が成り立つようにしたいと思っています。そのためには働いた時間でおカネをもらうのではなく、ビジネスでおカネをもらえるしくみをつくって、空いている時間をボランティアに使うようにしたいですね。
他のボランティアも同じようにできれば、生活に苦しくなることはなくなると思っています。

(突然)私が言っていること、何か変ですか?

――(意表を突かれ)変じゃないですよ(二人大笑)!
坂佐井さんのお話しは、生涯働きながら世の中の役に立っていたい、そういう想いがにじみ出ていると思いますよ(大笑)。仕事の上下関係がイヤということも、裏返せば公平で多様な社会を望んでいるということだと思います。
私もサラリーマン時代に本社企画にいて、全社組織をつくり、それを機能させるためのあの手この手をいろいろ考えました。しかし組織は属人的に機能しようとするので、3日で腐るというのが私の実体験による印象です。
だから、このTEAMシャカ(社会企業家)は、組織化しないという考えで取り組んでいます。
統制や抑制と距離を置いて、ゆるく、スローダウンしていくことで、人間らしさを取り戻していけると思うからです。

坂佐井雅一さん:共感します!今日は自分を思い返す、いいきっかけになりました(笑)。サラリーマンになるまでずっと私は、親から自立することが自立だと思っていました。しかしサラリーマンをしてみると、親元から会社に依存先が変わっただけだと気がつきました。これは自立じゃないなと(笑)。

――カラダ張って生きている人が少な過ぎですよね。安定第一や自己犠牲はカラダを張ることから遠ざかる生き方だし、張る必要性もわからないでしょう。
人生の醍醐味を半減させて生きてしまっていますね(二人笑)。

坂佐井雅一さん:学校の教育では、失敗を経験させないんですよね。唯一、経験させるのはスポーツのみだと思います。だから体育会系の人は打たれ強いですね。

――長年生きていると、人生に成功も失敗もないと思えてきます。その時々に感じる成功や失敗は、その時の価値観による思い込みでしかないようです(笑)。

坂佐井雅一さん:私も社長に辞めろと言われた時は完全に失敗だったと思いましたが、でもそれがあるから、そのおかげで今があるんですよね。
失敗と思い込んで、これで人生終わりだと思っちゃダメですよね(笑)。

――まったく思わなくていいですね(笑)、生き続けることが大切です。

坂佐井雅一さん:失敗を恐れずにチャレンジすることが、自分の人生を好転させる。

――人生は体験だ!結論づけずに自分の人生を歩み続ければいい。
”過去は未来が決める”、それでいいじゃないですか。

坂佐井雅一さん:OICHIの会員にも、起業して人生が変わったという人がいます。たとえ今は給料が以前の半分でも、起業して良かったという人がいます。多くの人は、もうサラリーマンには戻りたくないといいます。

――それはやってみたから分かったこと、やらなきゃ分からなかったことです。
それが体験。そういう人が増えてほしいですね。

坂佐井雅一さん:いやあ面白いですね~。普段あまりこんな話をしませんからね。

――多くの人は既得権益に守られた世界で仕事をしています。だから、安定を崩さないと健全化しませんね(笑)。

今日は、水が流れるようなインタビューでした。ごく自然で心地良いひと時をありがとうございました!

第37回 あざみ野ほろ酔い交流会

久しぶりに対面でのインタビューだったからか、終始熱を帯びた対話になりました。

四人兄弟の長男という坂佐井さんと、四人兄弟の四男の私は、生まれた時から家や家族に対する意識がまるで違うような気がします。坂佐井さんとお話ししていると、幼少の頃からずっと何かを背負っていて、次の世代につなぐ責任を感じて生きているように思えます。
写真を見ていると、何故これだけ多くの方が坂佐井さんの周囲に集まるのか不思議に思えますが、兄貴のような頼りがいと気遣いが、みなさんの安心感とモチベーションにつながっているのだと分かってきます。

そう言えば、お会いした直後から怒涛のように話し始めた私たちには、何か共通点があるのかもしれません。
私が感じたことは、お互い年齢を重ねるごとに、自分の考えや行動をチェックする新たな機会を探しているのではないかということでした。
いつのまにか周囲に先輩はいなくなり、相談する人も指摘してくれる人もほとんどいなくなってきます。
そういう状況において、若い人たちが生き生きとビジネスができるようにアドバイスをしていくための自己チェックを怠らないようにしようとする姿勢を、私は坂佐井さんから感じました。

坂佐井さんは、奢らず、いつも原点に立ち戻れる素直な人でした。

■坂佐井 雅一さんのプロフィール

NPO法人協同労働協会OICHI理事長 坂佐井雅一
1971年2月1日生、神奈川県出身。高卒出のただのサラリーマンでした。資格は普通免許のみ。家族は妻と子供2人。
高校卒業後一心にサラリーマンとして勤め続け、会社からは大きな信頼を得るも会社に頼らない、自分のチカラで道を切り開く人生を歩むことに目覚め起業を志す。
一貫して仲間との絆を軸にコミュニティの拡大を目指し、2011 年1月にNPO法人協同労働協会OICHIを設立した。
当初都内を中心に活動していたが、自立・起業を目指す人が活躍する場は地域にあるのではないかと思い、2012年9月に地域密着の一歩あざみ野ほろ酔い交流会を開催し、8年で1000名以上のあざみ野のリアルコミュニティを作る。
2014年6月に青葉区のたまプラーザで起業支援センターまちなか biz あおばを開業し、2021年4 月現在420名の会員組織を作り、地域ビジネスの可能性を実感する。
2020年4月に緑区の中山駅でまちなか biz みどりという姉妹店をオープン。2021年4月現在80名。
地域ビジネス事業として会員と一緒に、地産地消のお土産「丘のよこはま」や健康予防の「あおば元気アッププロジェクト」など地域の課題をビジネス解決する事業を生み出し、地域で自立・起業を志し、地元で起業する「職住近接」で人生100年時代を自分らしく働く生き方を推奨している。

NPO法人協同労働協会OICHI