小杉駿介さんへのリレーインタビュー

株式会社MSAグローバルマネージメント代表 平川正城さんからのリレーインタビューは、株式会社エリアプロジェクト代表の小杉駿介さんです。
今回も新型コロナウィルスの影響のため、オンラインによるリレーインタビューとなりました。

小杉さんは、20代で起業された若き起業家です。
ただオンラインで受ける印象は、どちらかというと”おっとり”とした感じで、若い起業家にありがちな脂ぎった貪欲さは微塵も感じられません。
さらにご自分のことを、何のこだわりもなく「イエスマン」と言います。

そんな小杉さんの会社には、何故か人が集まって来ます。夢を持った人、格闘家を志す若者、高校の同級生、有資格者、さらに2人のお兄さんと弟さんが働いています。

「イエスマン」の本質は何なのか?
小杉さん自身が気づいているかどうかわかりませんが、人の魅力について考えさせられる予測不能なお話しが続いていきます。(聞き手:昆野)

――何をきっかけに起業されたんですか?

小杉駿介さん:地震です。

―3.11ですか?

小杉駿介さん:いえ、その後の2015年5月の小笠原諸島の地震が直接のきっかけです。

――2015年、私は憶えていないですね。被害は大きかったんですか?

小杉駿介さん:小笠原諸島西方沖地震という地震で、マグニチュードは8.1で大きかったんですが、震源の深さが約680kmだったのであまり影響はありませんでした。ただ、観測史上初めて47都道府県で震度1以上が観測されたかなり大きな地震でした。

――なぜそれが起業のきっかけになったんですか?

小杉駿介さん:小笠原諸島の地震が起きた時、実家にいた祖父が『玄関を開けろ!』と叫んでいたのを目の当たりにし、一番安心できるはずの我が家にいるのになぜ不安になるのかと思ったんです。
どうにかしないといけないと、使命感を感じたのがきっかけです。

その地震があった時も3.11の時も、私はアート引越センターで働いていて、引越しのオプションで家具の耐震サービスを対応していました。その仕事をしながら、建物は新たな耐震基準によって地震の揺れにも強くなっているが、家の中の耐震のニーズは山のようにあると思っていました。
建物に被害がなくても家具が倒れて下敷きになってしまったり、家具に塞がれて屋外に避難できなくなったり、よく考えてみると家具によるリスクはとても大きいんです。

――株式会社エリアプロジェクトという一風変わった名前ですが、どんな会社ですか?

小杉駿介さん:まずは地域に根ざした、地域で頼りにされる会社でありたいと思っています。
これまで私自身が引越し屋、居酒屋、電気工事などで学んだ経験を生かして、地域に根ざした仕事をしていきたいと考え、2016年6月に家具の耐震サービス専門店として起業しました。

私は、家具耐震が絶対に必要とされるものだと考えていたので、かなりの勢いで広告宣伝をやってみたんですが、ほとんどの人は家具耐震におカネを払うという意識はないことがわかってきました。
引越しのついでにやることはあっても、家具耐震のみを頼もうという気にはならないようです。
なかなか注文は増えなかったんですが、イベントやお客様と触れ合うと地震に不安を感じている方がとても多く、この事業は絶対必要だと思いました。
そこで、しばらくはハウスクリーニングで稼いで、家具耐震事業を継続させたいと考えました。その後、ハウスクリーニングからリフォームへ広がり、今は内装工事全般の仕事をさせていただいています。
また、これらは不動産の仕事が窓口になるので、昨年4月から不動産事業をはじめ、8月には物件提案型サービス「不動産デリバリー」を始めました。

創業後すぐに出展した『横浜防災フェア2016』。高校の友達がお手伝いに!
(中央が小杉さん)

――なるほど。とにかく地域の役に立ちたいという想いは伝わってきますね(笑)。しかし器用ですね!

小杉駿介さん:「イエスマン」なんです。頼まれると「何とかしてみます」と言って、何でも引き受けてやってきました。20代の若さ故にできたことだと思っています。

――自分でイエスマンと名乗る人と、私は初めて出会いました(大笑)。でも地元に根ざすことを最優先に考えると、ワンストップサービスのように「小杉さんとこに頼めば何とかしてくれる」という、根拠のない安心感が生まれるかもしれませんね。
ところで、コロナの影響はどうですか?

小杉駿介さん:建築業界は概ね1~2割減で何とかやっています。ですからダメージの大きい業界を応援しようと思い、”横浜応援キャンペーン”に参加して、飲食店や団体に「マスクケース」を無償で提供したりしています。
早く街が元気になってほしい、そういう想いで取り組んでいます。

マスクケース
地域の方から企業・団体様に無償提供させていただきました

――いいですね!やっぱりこの世はお互いさまで行かなくちゃダメですよね。
3.11の時もそうでしたが、助けてもらった人はその後の人生を「ありがたみ」を抱いて生きていると思うし、困っている人がいたら何とかしたいと行動を起こすと思うんです。そういうポジティブな連鎖を大切にしたいですね。
家具耐震の話しに戻りますが、引越し屋での家具耐震は引越しのオプションでしたか?

小杉駿介さん:そうです。引越しした先の現場で、耐震マットを敷くだけです。本来は壁と家具を金具で止めるなど、個別に万全の対策が必要になるんですが、引越し屋はそこまで対応しません。
だから潜在的なニーズがあるんです。

――オフィスなどのニーズはどうですか?

小杉駿介さん:企業向けは、耐震マットを製造しているメーカーなどが参入しています。ですから、当社としては一般家庭に広げていきたいと思っています。

――やはり、家具耐震専門にこだわりますか?

小杉駿介さん:そうですね。実際にどこに相談していいのかわからない人も多いし、今後首都圏で地震が起きたら対策を考える人が急増すると思うんですよね。
ただ、専門といっても特別な資格がある訳ではないので、資格をつくりたいと思っています 。例えば、引越し屋が家具耐震の資格をもつことで、広めてもらうこともできるのではないかと思っています。

――面白いですね!ただ資格の制度化は、民間企業の立場では難しいのではないですか?

小杉駿介さん:そうですね。一般社団法人を立ち上げて、大学の教授などに相談しながらつくり上げようかと思っています。
5年ほど前のデータでは、横浜市内の住宅の家具固定率は2~3割で、地震が怖いと答えた人は9割以上いました。何故こんなにギャップがあるのかなと考えた時に、相談できる専門店がないからだと思ったんです。
今でもそのギャップはあまり変わっていないと思うので、専門店・専門家の必要性は高まっていくと考えています。

――貴社の事業で、今一番稼いでいるのはどの事業ですか?

小杉駿介さん:リフォームですね。不動産屋やオーナーがお客さんになります。

――リフォームは、結構競争が激しいんじゃないですか?

小杉駿介さん:同業者は多いんですが、仕上がりに差があるようです。リフォームの同業者には熟練の職人さんが多くいますが、お客さんはこだわりが強い職人さんには気軽に相談しにくいようです。
その点私は若輩者なので、気軽に言いやすいでしょうし、さらにイエスマンなので頼まれると何でも「いいですよ」と言ってしまうので、特に年配の管理会社の方には可愛がってもらっています(笑)。
すべて自社施工でクリーニングまでできるので、管理会社からみても使い勝手が良く丸ごと任せてもらっています。
一方で、うちは大手の工事店もしているので、指定工事店として継続的に仕事を受けられるようになっています。

――今、社員は何名ですか?

小杉駿介さん:社員が13名でパートが2名です。

――年々人が増えてきたんですか?

小杉駿介さん:何故かどんどん集まってきました。大丈夫かなと思っています(二人大笑)。

――2016年6月に起業されて、リフォームを開始したのはいつ頃ですか?

小杉駿介さん:翌年2017年の2月頃ですね。

――なかなか見極めが早いですね(笑)。

小杉駿介さん:起業した時は「みなさん、家具耐震を待ち望んでいるんだろうな」と勝手に思っていたので、自分で貯めたおカネや融資も受けて、新聞広告やフリーペーパーにガンガンおカネを使いました。それが段々尽きてきたので、「やばいな」という感じでハウスクリーニングを始めたんです。

――起業は一人でして、ハウスクリーニングを始めた時は何人でしたか?

小杉駿介さん:基本一人でしたが、居酒屋のバイトをしていた弟に「ちょっと手伝ってくれ」と巻き込み、私の同級生にも手伝ってもらいました。
そのうち空手の師範をしている友だちが、「将来格闘家になりたいと頑張っている生徒を働かせてくれ、ただ試合の日は休ませてほしい」と声を掛けてきたんです。
私は夢をもって頑張っている人が好きなので、人を雇うのは初めてでしたが引き受けました。

初めての正社員。今では結婚し課長として頑張っています。

――イエスマンの本領発揮ですね(二人笑)。

小杉駿介さん:そうしたら1+1が3にも4にも5にもなってきて、そこから開けてきました。人が入ると、どんどん仕事が増えていくという感じでしたね。びっくりしました。

――資格や免許が必要な仕事もあるのでは?

小杉駿介さん:不動産をやるための宅地建物取引主任者の資格が必要です。

――それはどうしたんですか?

小杉駿介さん:偶々出会った不動産屋さんが、「小杉さんの会社で働かせてください」と(笑)。その人は宅建の資格をもっていないけどもその知り合いがもっていて、ちょうど仕事を辞めて何もしていないということだったので、二人を雇ってうちの不動産事業を始めました。運がいいんです(笑)。

――やはり、これは小杉さんの人柄ですね!自然に人が集まってきますね。人が集まる何かがあるんでしょうね。それが何なのかわからなくても、結果オーライであれば、小杉さんはそのままの小杉さんでいいということなのでしょう。それが、小杉さんらしい生き方ですね。

小杉駿介さん:実は、根っからの人好きなんです(笑)。

――人も好きだし、地元愛も凄いですね。

小杉駿介さん:そうですね。凄く居心地のいいところなんです。この横浜の都筑(つづき)には悪い人はいません(二人大笑)。

――地元の子どもたちとの接点はありますか?

小杉駿介さん:プロバスケの横浜ビーコルセアーズの拠点がセンター北(都筑区内の駅)にあるので、そのスポンサーをやらせてもらっていて、先日は地元中学のバスケ部にチケットを無償提供して観戦してもらいました。

コロナ対策のため、席数を減らしての開催でしたが満席となり盛り上がりました

――いいですね!

小杉駿介さん:スポーツを軸に地元を盛り上げていきたいと思い、今年6月~7月にNPOを設立する予定です。例えば、子どもたちから高齢者までチケットを無償で提供して、試合に足を運んでもらい地元チームを応援してもらう。
高齢者は外に出るきっかけになり、地元のチームを応援することが楽しみになって生き生きしてくるでしょう。

小学生にもプロの選手のプレーを肌で感じてもらい、夢を抱いてもらう。子どもたちが夢に向かって頑張る姿を見た親や大人も、子どもたちのサポートをしなきゃと楽しそうに応援することで街中が生き生きとしてくる。そんなイメージをカタチにしたいと思っています。
私自身、Jリーグが始まった頃に、キングカズの試合を観てあこがれてサッカーを始めたんです。地元の子どもたちにも、同じような夢をもってもらいたいと思っています。

例えば、海外のサッカーチームがある街では、子どもからお年寄りまで街中の人たちが地元チームを応援し楽しんでいます。そんな地元にしていきたいんです!きっと、いい街づくりができると思っています。

――まずは、横浜ビーコルセアーズをみんなで応援しようということからですね。

小杉駿介さん:試合以外でも都筑の街に選手が顔を出して、地元の人たちとどんどん触れ合ってほしいと思っています。仙台の楽天のような、地元の人たちが一丸となって応援してくれるチームになってほしいですね。

――ところで、ご自身はどういうお子さんでしたか?

小杉駿介さん:4人兄弟の三男で、兄二人は難関校を目指して中学受験をしていましたが、私は毎日塾をサボってサッカーをしていました(二人大笑)。
本当にサッカー少年という感じで、スパイクを履いたままどこへでも行っていたし、学校が終わると日が暮れるまでサッカーをしていました。

――男4人兄弟って珍しいですね。

小杉駿介さん:そうですね。家の中の壁は、そこら中ボコボコに穴があいていました(笑)。

左から四男・三男(自分)・次男・長男

――私も4人兄弟で四男ですよ(笑)。

小杉駿介さん:そうなんですか!一番可愛がられる四男ですね。羨ましい。

――私の場合は、とんでもなく放ったらかしに育てられたようです(笑)。

小杉駿介さん:そうですか。実は面白いことに、兄二人と弟が私の会社で働いているんです。

――凄い会社ですね(二人大笑)!

小杉駿介さん:弟は、将来居酒屋を開く夢を実現するために働いています。長兄は学生の頃に心の病気になってしまい、クスリで調整しながら半導体を製造する会社で働いていたんですが、一時期クスリをやめたら精神状態が不安定になり会社を辞めてしまいました。それで、うちの会社で働いています。

――お兄さん、今はお元気なんですか?

小杉駿介さん:元気です。不動産デリバリーのプロジェクトリーダーとして、楽しそうに仕事をしています。

LINEでのお部屋探しは不動産デリバリー!

――それは何よりですね!多くの会社員は、病気になっても無理をしながら仕事を続けたり、手術をして退院してから職場に復帰する人も多いと思いますが、そういう人は会社を辞めた方がいいですね。
私が会社を辞めたのも、健康診断で精密検査を受診しなければならなくなったことがきっかけでした。
病気を機会だと思えれば、人生は好転し始めます(笑)。

小杉駿介さん:その後に独立されたんですか?

――そうです。

小杉駿介さん:健康診断がきっかけというのは面白いですね。

――仕事で病気になってしまうのは、会社も仕事も自分に合わないと思った方がいいですね。合わないんだから、辞めないと良い方向に向かわないじゃないですか。
多くの人は、会社を辞めたら大変だと言って続けてしまいます。そうやって自分の人生を棒に振ってしまう人も多いと思います。
自己実現を目的とした場合、会社はそのためのフィールドに過ぎないですからね。

小杉駿介さん:そうですね。会社を辞めるだけで、それ自体が始まりですよね。でも、そういう状況でのサポートがないので、不安で辞められない人が多いのでしょう。

――長男が弟の会社に入るってあまり聞いたことがないですが、こういう関係性はとってもいいですね(笑)。微笑ましいし、身近なセーフティーネットとも言えますね。

小杉駿介さん:昔から、兄弟の中で私が一番調子こいていたというか、兄二人は優等生でしたが私はやんちゃだったので家で一番強かったんです(笑)。
次兄は大学受験に失敗して、地元でコンビニ店長をした後に水道工事の仕事をしていました。休日にうちの会社の水道工事も手伝ってもらっていたので、そのまま「うちに来いよ」ということになったんです。

――中高で勉強に専念していた人は、人間関係が希薄になってしまうのかもしれませんね。そういう意味で、あまり勉強しなかった人が一番つながりをつくれているということなのでしょう。

小杉駿介さん:正直言って、今となってはもう少し勉強しておけばよかったなと思います(笑)。ただ地元の中高に入ったことで、肚(はら)を割った長い付き合いができていますね。

――私の地元は南三陸で、3.11で家族は亡くなり人も家も失いましたが、帰郷すれば友だちがいて当たり前のように一杯やります。よく考えてみると、それって何にも代えがたいものですね。10代の頃は、早く家を出たくてしょうがなかったですが(笑)。

小杉駿介さん:憧れがあったんですか?

―― 一人生活という自由や、都会への憧れがあったんでしょうね。親は3人の兄たちを早く出して、失敗したと悔やんでいました(笑)。

小杉駿介さん:私が起業した時に手伝ってくれたのが、高校の友だちでした。今はうちの社員です。やはり一緒に遊んでいた友達が助けてくれるように思います。

――これから会社をどうしたいですか?

小杉駿介さん:家具耐震事業を全国展開したいと思っています。資格を創設して、フランチャイズ展開し専門店を増やして行きたいです。会社の方向性としては、やはり地元の人たちに頼りにされる会社になりたいです。幅広く事業を展開して、地元で何かあれば『エリアプロジェクト』に相談されるようになりたいですね。

今は本業で稼いだおカネを、どんどん地域貢献に回しています。地域に還元して当社を知ってもらうことで、何かあればうちを使ってもらえる。そうすれば本業の売上・収益が上がり、さらにまた地域貢献につながる。いい循環が生まれると思います。
最近勝手に、「地域循環型経営」と名付けています。地域貢献を軸にした経営というイメージです。
どれだけ地域におカネを回せるかがミソですね。

地域循環型経営のイメージ(名刺裏面)

――商売以外でも、いろいろと地域に根ざす活動ができるかもしれませんね。

小杉駿介さん:私のイメージは、村長さんです。みんなが小杉村長を頼って相談に来る、みたいな感じです(二人大笑)。

――いいですね!なかなか懐が深いですね。

小杉駿介さん:勉強をしなかったことの反動でしょうか(笑)。生涯、地元に貢献して、頼られ慕われる人になりたいなと思います。

――これからも、「徳を積む」生き方を続けてください。今日はありがとうございました!

プロフィールを見ると“偏差値39の起業家”と書いてあり、思わず笑ってしまいました。
ご自分をイエスマンと言い、偏差値の低さをウリにする人柄に、お笑い芸人のような貪欲さと純粋さを感じます。

”明け透けの社会企業家”とも言える振る舞いから、生きる力が伝わってきます。

この透明感は、何なのだろう・・・。
きっとそれは、スパイクを履いたままどこにでも出掛けていた、あの頃の淀みのない小杉さんのまま生きているからこそ、感じるものなのでしょう。

小杉さんは、嬉しくなるほど無垢な人でした。

■小杉駿介さんのプロフィール

小杉駿介 33歳。横浜生まれ横浜育ち。
神奈川県立田奈高等学校卒業。
偏差値39の起業家・元ラッパー。
自称、アイディアマン・イエスマン。
趣味は、サッカー・サーフィン・音楽。
夢は、宇宙に行って地球を見たい。

株式会社エリアプロジェクト  HP 

家具耐震110番 HP 

不動産デリバリー HP

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