宮城朱史さんへのリレーインタビュー

一般社団法人『保育サポーター はちっ子』代表理事 兼 『ハニカムステージ』代表 小金沢一実さんからのリレーインタビューは、パフォーマンス集団『ザ・レインボーズ』代表の宮城朱史(あかし)さんです。

『ザ・レインボーズ』は八王子では知る人ぞ知る、全身タイツで踊る素人の主婦によるボランティア集団です。朱史さんこと“あかぞう”さんは、ブライダルの司会を本業としつつTokyo Star Radio(八王子FM)のパーソナリティもされています。
みんなに“笑顔とパワーを届けたい!”。そんなアツい想いで活動するレインボーズは、“楽しむことに一生懸命になれる大人の集団”です。その姿をYou Tubeで見ていた私は、何度も噴き出しながら陶酔感に浸ってしまいました。今どき、こんな主婦集団があるとは…、しかも私が住む隣の街に(笑)。

底抜けに明るいあかぞうさんとの出会いにワクワクしながら、リレーインタビュー初の“理屈抜きのインタビュー”が始まりました。そして意外にも、笑いあり涙ありの展開になっていきました。(聞き手:昆野)

 

「ザ・レインボーズ」 前列中央のお髭があかぞうさん

――サイコーですね、レインボーズ!他にも司会やラジオのパーソナリティなど、多彩な才能を発揮されていますね。

宮城朱史さん:今はこんなことをしていますが、実は私小さい頃からとても人見知りでして…。

――え?(どう応えていいのやら…

宮城朱史さん:ですから、こんなオバサンになるとは夢にも思っていませんでした(笑)。司会もパーソナリティの時もそうでしたが、私には「引き寄せ力」があって、思ったことや話したことが叶う力があるのでいろいろなことを引き寄せてしまうんです。

――“思考は現実化する”ということですか?

宮城朱史さん:そうなんです。ブライダルの司会をやりたいなと思っていたら、友人から司会のレッスンを一緒にしないかと誘われたり、ラジオのパーソナリティもやりたいと思っていたら、5年後に八王子FMができてパーソナリティになったんです。つい先日も“ビリギャル”の講演会で聴いた海外留学というワードが気になって帰宅したら、突然娘が海外留学したいと言い出しとんとん拍子に話が進んでいます。
『チャンスの神さま』は、前髪しかないって知っていますか?

――チャンスの神さま?前髪?(想像するだけでバカ受け!

宮城朱史さん:娘にも話したんですが、チャンスの神さまが来たらガシッと前髪を掴まないといけないんです。迷っているうちに神さまが通り過ぎてしまい、あっと手を伸ばしても後頭部は“つるんつるん”と後ろ髪がないから掴めないんです。

――爆笑!

宮城朱史さん:一方で「引き寄せ力」は良くないことも引き寄せてしまうので、いつも私はポジティブな言葉を使うように心掛けています。
ええっと、何のお話しでしたっけ?(あっはっは)

――いいんです、脱線ゲームのようです(二人大笑)。“笑顔を届けたい”って、いいですね!

宮城朱史さん:大人がキラキラと輝いて楽しそうにしていないと、子どもたちは未来に希望なんてもてないと思うんです。

――そうなんですよね。つまらない顔をして生きている無責任な大人が多過ぎです。大人の役割って、子どもたちにもう少しいい世の中を引き継ぐことしかないはずなんですけどね。
失礼ですけど、あかぞうさんの年齢を見てびっくりしたんですが。

宮城朱史さん:いのしし年生まれで、今年は年女です。レインボーズは12年前のいのしし年スタートで、司会者デビューは24年前のいのしし年でした。私の場合、いのしし年にスタートを切ると上手くいくというジンクスがあるんです。今年決意したことは屋号を付けて開業届を出して、まずは司会者として独立することでした。今所属しているプロダクションとの関係を維持しながら、今年はいのしし年の令和元年なので年内には立ち上げたいと思っています。
そしていずれは、レインボーズの活動のように“笑顔とパワーを届ける事業”ができたらステキだなと思っています。

――いいですね!私の場合、25年間務めた会社を何も決めずに辞めてその後起業した時は、これから何が起きるんだろうという想いでした(笑)。

宮城朱史さん:ああ、なんかわかりますねえ。人はちゃんとゆとりをつくらないと、新しいものが入って来ないんですよね。ですから私も今、司会とパーソナリティそれに市民センターと沖縄料理店のお手伝いを掛け持ちでやっていますが、来年3月で市民センターの仕事を辞めることにしました。
収入面では厳しいですが辞めると決めたらやるしかないので、新たなご縁が生まれることがとても楽しみです。

――その割り切りの良さが、何とも言えませんね(笑)。

宮城朱史さん:私、“根拠のない自信”があるんです!12年前レインボーズ立ち上げの際に、八王子市の市民企画事業補助金交付団体として認可を受けるための面接で、私とレインボーズ副代表の“はるぽん”がアツくアツく語り続けたら、面接官から「その根拠のない自信はどこから来るの?」と言われました。そうして最下位でスベリ込んだんです。

――確かに、それって大事なんですよね。実は私は、小4の通信簿に“自信過剰”と書かれました(二人大笑)。

宮城朱史さん:素晴らしいじゃないですか!(声が裏返っています

――私が“根拠のない自信”を身に沁みて感じたのは就職してからの3年間でした。結構仕事がしんどくて心の拠りどころがない状態だったので、「24年間、自分はそんな軟(やわ)な生き方はしていない。自分の生きざまに自信をもつしかない」と腹を括って突破しました。そこまで行かないと自分を取り戻すことができなかったという感じです。
ところでレインボーズは、何がきっかけで結成されたんですか?

宮城朱史さん:私は子どもの頃から「劇団ひまわり」に入っていて、高校の時にはいろんなオーディションを受けましたが、その後幼稚園の先生になったんです。年長さんの担任をしていると、毎日のように子どもたちが「先生は大きくなったら何になりたいの?」って聞くんですよ。私は「先生は先生になったから…」と答えるしかありませんでした。
その頃私は子どもたちに、「子どもには無限の可能性があるんだよ、やろうと思ったら何だってできるんだよ」と言い続けていたんですが、ずっと子どもたちの姿を見ているうちに、ふと私自身は大人になって成長したのかなと思ったんです。
そして、もしかしたら大人になっても何かできるかも知れない!そう思った時に、また舞台に立ちたい演劇をやりたいと強く思ったんです。結局、子どもたちに背中を押してもらったんですよね。
それでいきなり、「欽ちゃん劇団」のオーディションを受けて第4期生研修生に合格してレッスンを受けました。ただ当時一人暮らしで生計を立てることは難しかったので、母がやっていたウグイス嬢のお手伝いを始めて、プロの方に育てていただきました。その後、ブライダルの司会もやりたいなと思っていたら、知人からお誘いがあり司会のご縁にも恵まれました。
それから結婚して子どもが産まれ、それまでやって来た『演劇』と『幼稚園の先生』『司会業』の経験を生かして、“人生の集大成”をつくりたいと思うようになったんです。
そうしたら偶々娘の卒園式の謝恩会で、ママたちとチームを組んで私が台本を書いて劇をやったんです。それがすっごく楽しくて、私がやりたかったことはこういうことだったんだ!そういう想いが思い切り溢れて来ました。

後日、当時ママ友達だった(現・副代表)はるぽんと、楽しかったね、また何かやりたいね、高齢者施設に慰問しようか!とレインボーズを結成することになったんです。
最初集まった時は私がアツい想いを語り、みんなで虹色全身タイツを着て踊ろう!名前を「パフォーマンスママ・レインボーズ」にしたいんだと言ったら、みんなドン引きして全身タイツはムリと。さすがの副代表はるぽんですらムリかなと。

デビュー当時のレインボーズ。あかぞうさんだけがゴールドの全身タイツ(前列右)

12年経った今は、全員が全身タイツ(笑)!私含めみんな普通の主婦だったのが、今は全身タイツを着ないとスイッチが入らない集団に変貌してしまいました。人前に出てパフォーマンスすることで、どんどん素人の主婦が輝いていって、ママでもない奥さんでもない新しい自分の顔を発見してキラキラ輝いていく姿に、私が一番感動しています!
子どもだけじゃなく、大人にも無限の可能性があることを教えてくれたのが彼女たち。今や強烈にヤバい集団に変貌したと、八王子界隈で囁かれるようになりました(大笑)。

今は全員、全身タイツ!

これまでレインボーズを続けて来られたのは、副代表のはるぽんのおかげです。はるぽんはチャンスの神さまを絶対に逃さない、凄いパワフルで行動力の持ち主なんです。そして世界一のコミュニケーション能力!レインボーズ立ち上げの時に、最初に彼女が私に「あかぞうは、やりたいことだけをやってくれればいい。楽しいことを楽しめばいい」と言ってくれたんです。そのことがあって、今でも私は自由な発想で伸び伸びやれています。

あかぞうさん(右)と副代表はるぽん(左)

そして、はるぽんだけではなく、メンバーのみんなが常に笑顔いっぱい支えてくれています。何事も全力で心から楽しむことのできるメンバーは私の誇りです!
その中には84歳のおじいちゃんもいるんです!「弟子にしてください!」と入団してきたのですが、彼のいくつになっても前向きで努力を惜しまない姿に勇気をもらっています。実はその他にも、得意な技術で貢献してくれる“スペシャルサポーター”というメンバーがいて、レインボーズのロゴやデザイン担当や、撮影担当、ホームページ担当、舞台監督までスペシャリストが支えてくれています。私のバイト先の沖縄料理店の店長は料理担当メンバーです。さらには敏腕マネージャーもいますし、人が足りない時に参加してくれる“助っ人メンバー”まで揃っています(笑)。
本当に、私一人の力では何も出来ない!たくさんの方々がレインボーズを愛し支えてくれているんです。

中央が84歳のおじいちゃん

「レインボーズ」のポーズをモチーフにしたロゴ。制作はスペシャルサポーターでデザイン担当の“だいちゃん”。

平成25年東京多摩国体ゆりーとダンス推進大使に就任し八王子市長を表敬訪問

またこちらは、八王子のテーマソング「ぼくらの八王子」ミュージックビデオ
ファンキーモンキーベイビーズ作詞
たにぞう 歌・作曲・総合プロデュース
https://youtu.be/uul91SXztd0

なんと、レインボーズはこの映像の企画・振り付け指導と普及活動に関わっています。

 

――良いご縁に恵まれていますね。

宮城朱史さん:そうです!この写真はレインボーズ10周年の時に、八王子のいちょうホール800席が満席になった時の写真です。こんな素人集団のチケット800席が発売一週間でほぼ満席になりました。さらに市内を中心に120社が協賛してくださいました。

10周年特別記念公演集合写真 沢山のスペシャルゲストが出演
・「ぼくらの八王子」作曲者「たにぞう」さん
・八王子のご当地バンド「フラチナリズム」
・ご当地アイドル「エイトプリンセス」
・ご当地ヒーロー「ゲンキダーJ」
・ご当地キャラクター「たき坊」
・「フラッチー」
・ママアンサンブル「ドロップス」
・太鼓一座「鳳凰」

さらにこちらは、10周年公演に向けてのあかぞうの軌跡!舞台裏を映像でご覧いただけます。
感動作なのに、何故か笑えます(笑)。
https://youtu.be/qu7HCQK3tn8

 

――120社って凄すぎですね!

宮城朱史さん:ホント、地域の方々に支えられ応援されて活動できている幸せ者です。一軒一軒協賛の広告をお願いに回りましたが、どこに行っても「いいよ、よろこんで応援するよ!」と、嫌な想いを一度もすることはありませんでした。

――八王子の底力を感じますね(ふむふむ)。ところでどういうお子さんでしたか?

宮城朱史さん:暗い子でした。

――えー、そうなんですか…どんな顔をすればいいのやら

宮城朱史さん:歳が離れた兄がいますが、一人っ子で箱入り娘のように大切に大切に愛情いっぱいに育ちました。内弁慶で外に出ると何もしゃべれない子どもでしたが、小学校に入るとクラスで目立つ子になり、中学では教壇で歌って踊るパフォーマンスをする子になっていました。
小さい頃から母が何でもやってくれて、いつも何かあると私は「おかあさーん」と言って何でもやってもらっていました。そんな母は、「愛情を注いで注いで注ぎ続けて育てた子は、きっと親元を離れても人に愛されて幸せな人生を歩んでいく」と考えている人です。今思うとホントその通りでした。
私の娘は私を反面教師と言い、しっかりものに育ちました(笑)。

――子どもへの愛情は注ぎ過ぎということはないようですね。子どもがやりたいと思うことは、全てやらせてあげればいい。ただ、親が子どもの先回りをして手を差し伸べてしまうこととは違います。

宮城朱史さん:なるほど…。実は、うちの子は二人とも発達障がいなんです。それに気がつくまでの間、とても苦しい日々の連続でした。

――えっ?あかぞうさんのお子さん二人がですか?

宮城朱史さん:そうなんです。息子を見ていて、落ち着かずこだわりが強い子だなと思っていたんです。ある日図書館で、『お子さんの態度が悪いのはお母さんのせいではない』と書いた本が目に留まり読んでみると、まさに息子の行動と同じようなことが書いてありました。その後、島田療育センターというところを紹介してもらい治療しました。
一方でその頃私は毎日のように、娘が宿題と時間割ができないことにイライラしてしょうがない状態が続いていて、育児ノイローゼのようになっていました。娘に対して「バカにしてるの?ママが言ったことがわからないの?」と怒りまくり、エスカレートして虐待に近いところまでしていたんです。娘も鬱(うつ)になってしまい、ひどい毎日でした。
ある日、本屋で手に取った本がADHD(注意欠陥多動性障害)の本で、娘の行動と全ての症状が当てはまりました。「あっ、これだったんだ」とわかった時、私はホントに楽になりました。それまでずっと娘は、頑張りたいのに頑張れなかったんだと気がついたんです。
今度は娘の相談で島田療育センターに電話をして、私は泣きながら一部始終をお話ししました。そうしたら「お母さん今までよく頑張ったね。きっとお母さんは真面目だから娘さんに一生懸命になったんだよね」と、私を認めてくれ、褒めてくれたんです。そして初めて薬を処方されて帰宅した時、娘は自ら宿題をし始めてあっと言う間に終わらせてしまったんです。ハッとしましたね、私。それからは怒ることもなくストレスもなくなりました。娘も自信がついてきて、どんどん明るくなりました(笑)。
実はそれまで私は、娘のことや毎日イライラしている自分のことを誰にも話したことはありませんでした。私は私の母のように“天使のようなお母さん”に、ずっとなれると思っていました。それが子どもを罵り、ヒステリックに暴言を吐く母親になってしまったことが辛くて、出口のない暗いトンネルの中にいるようで、いつまでこんな状態が続くのだろうと希望も何も見えなくなっていました。
「この子を信じていてよかった」今はつくづくそう思います。
娘から「私には高いコミュニケーション能力と愛嬌と強いメンタルがあるから、どこでも生きていける!」という言葉を聞いた時には「逞しく育ったなぁ!」と思いました(笑)。大切なのは『生きる力』、ですよね!
今後、発達障がいのお子さんをもったお母さんたちに希望をもってもらえるよう、私の経験が生かせるような活動ができたらいいなと思っています。

――お子さんから何を学ばれましたか?

宮城朱史さん:娘から学んだことはたくさんあります。その中で一番は、“勉強ができることが全てじゃない”ということです。私は娘をとても尊敬しています。

――子どもを尊敬するって凄いですね!大人は子どもたちに敬意をもって接するべき。学校で教えられないことの中に、とても大切なことがありますよね。そういうことに気がつくかどうかが、人生の大きな分岐点になると言えます。

宮城朱史さん:大人がキラキラ輝いて楽しんでいないと、子どもたちは将来に希望をもてない。大人が変わらなければ子どもは変わらない。何よりもまず、大人が楽しんでいる姿を見せたいんです!

今年は「よさこい」にも挑戦!

――どうしたらいいですかね、大人。

宮城朱史さん:私自身もそうでしたが、“いくつになっても人生って楽しい。無限の可能性がある”と思えることが大切です。

――みんな抑制して生きていますよね。“ねばならない”という観念が強すぎです。

宮城朱史さん:親の立場だと、わが子に勉強なんてしなくていいとは言えないと思いますが、大人は子どもの個性を大切にして、子どもたちには生きる力を養ってほしいですね。そして子どもたちが自分の足で自分の道を切り拓いて行く、転んでもいいからいろいろな経験をしながら自分で立ち上がって歩いて行けるように、大人は子どもたちに愛情を注ぎ続けていくことが大切です。
子どもたちみんなが、枠を破って飛び出していけるような逞しい子に育ってほしいですね!

――先日、来日されたローマ教皇の祈りの姿を見ていて、私は心が洗われるような想いでした。祈りの沈黙と静寂の中に悲しみを感じ、演説の言葉に正義を感じました。私たち大人は、意識して心が洗われるような場面に出会うことが大切ですね。ブライダルの司会は人間の機微に触れるものなので、心を浄化してくれる仕事ではないでしょうか。

宮城朱史さん:毎回、感動があります!いつも新鮮な気持ちで司会をさせていただき感謝しています。新たな出会いを通して学ぶことがとても多いと思います。
結婚式の日は、新郎新婦にとって『人生の一大イベント!特別な日』。そんなスペシャルDAYが笑顔と幸せに満ち溢れた最高、最良の日となるよう、声に笑顔と想いを乗せて心ある司会に努めています。本当に楽しくて幸せでやりがいのあるお仕事です。

オバサンがこんなに楽しいなんて夢にも思いませんでした(大笑)。だって、若い頃には自分が全身タイツを着て踊っているオバサンになるなんて、想像もしていませんでしたから(笑)。結婚して子どもを産んだ後に、こんな楽しい人生が待っているなんてーーーー!!
人生は自分しだい。無限の可能性があるので、死ぬまでチャレンジの連続だと思います。これからも知らない自分と出会えると思うと、楽しくてしょうがないです!

本業の司会も

――発達障がいと言うけれど、本当に障がいという言い方が適切なのかと違和感を覚えます。きっと何年か経ってから、とても素晴らしい能力が発揮される機会がどんどん増えて、地球や人類の未来にとって輝かしい功績を残してくれる人になると思えてなりません。

宮城朱史さん:そーなんですよ!発達障がいという言葉の響きが良くないと思うんです!
“おっちょこちょいのスットコドッコイ”というネーミングなら、もっとオープンに「うちの子、“おっちょこちょいのスットコドッコイ”なのよー」って言えるじゃないですか(笑)。
視力が低い人がメガネを掛けるのと同じように、できないことがあったらその部分を社会や周りがサポートしてあげればいいんです。凸凹は誰にだってあります。普通と言われる多数派にも凸凹がありますが、少数派は優れていることよりも出来ないことが目立ってしまいます。

結局はお互いが足りないところを助け合って、個を伸ばし尊重し合い補いながら、生きづらくない環境をつくれたらいいですね。

――今の世の中、多くの場面で効率やスピードが求められ競争に晒されて生きています。資本主義社会では当然のことのように思われていますが、大きな格差や歪、対立を生んでいるのが実態です。多くの人や企業は利害という妄想に蝕まれ、既得権益を確保し守り続けることに必死になっています。

宮城朱史さん:レインボーズはどこにも属していないので誰とでも仲良くできるし、いろいろなグループや組織と楽しく関われるのがいいところです。何よりも公演を通してみなさんに笑顔になってもらい、なお且つ主婦が新たなステージに立って輝くことができるから凄くいい。悪いことは何もないじゃないですか!
さらに地域を活性化できたらホントいい。全国にレインボーズの支部ができて年に一度八王子のいちょうホールに集まり、全国大会を開くのが夢の一つです。全国から集まった800人ものメンバーが全身タイツで“コマネチ!”、サイコーじゃないですか(二人大笑)。
人の心を動かすのは、“本気・ホンモノ・一生懸命”。何ごとも全力、計算があると人は、心動かされないんです。

――人生、気負うことなく命懸け。そうじゃないとつまらないし、話にならないですね(笑)。
いつまでもいつまでも、ピュアなままのあかぞうさんでいてください!柔らかな声質に包まれ、時間を忘れてお話ししてしまいました。今日は、ありがとうございました。

 

「これは、私の人生の記録になるなぁー!」
あかぞうさんと原稿のやりとりをしていたら、こんな言葉をいただきました。一人の人生が投影されたインタビューになったのかと思うと、感慨深いものが湧いてきました。

“おっちょこちょいのスットコドッコイ”という発想って凄い。二人のお子さんを当事者としてもつ母親として、誰にも言えなかった過去を一掃してしまうような一言に、私は救われる想いでした。
言葉を吟味する仕事をされているあかぞうさんは、言葉の力と危うさをとても良く理解されていて、いつもポジティブな連鎖が生まれるように注意深く言葉を選ばれています。

いつも利害を超えたところに、あかぞうさんはおられます。あかぞうさんのような方が増えれば、この世界は一気に平和を取り戻すことができるでしょう。
あかぞうさんの心は、止めどなく注がれる母の愛に満ち溢れていました。

 

■宮城朱史さんのプロフィール

立川市出身、八王子市在住48歳。
武蔵野女子短期大学部幼児教育科を卒業後、さかえ幼稚園に就職(羽村市)し退職後「欽ちゃん劇団4期生」に。1995年(24歳)に司会者デビュー。28歳で結婚し、29歳長女を出産、33歳で長男を出産(自宅出産)。2007年6月にパフォーマンスママ「レインボーズ」(現在のパフォーマンス集団「ザ・レインボーズ」)を結成。2017年10月〜【八王子FM】ラジオパーソナリティーに。
レインボーズホームページ

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