梶原裕矢さんへのリレーインタビュー

シングルマザーの加藤ゆかりさんからのリレーインタビューは、『いただきます食堂』代表の梶原裕矢さんです。

“世界で一番お喋り好きな男性”と、加藤さんからご紹介された梶原さん。
実際お会いしてみると、やっぱりお喋り好きな方。しかしお話しすればするほど、上っ面なお喋りではなく、きらきらと輝いた目でこの世界のこと、社会のこと、人生のことをとても率直に、熱く語ってくださいます。

その熱源はどこにあるのだろう。

それは梶原さんが18歳の時に、交通事故で九死に一生を得たことで人生が一変し、ご自身が生かされていることの意味や役割を、はっきりと自覚し始めたことに起因していることがわかってきます。(聞き手:昆野)

――『いただきます食堂』、いい名前ですね!以前は移動販売をされていたようですね?

梶原裕矢さん:そうです。ただ移動販売を始める前に、相方と二人おカネがなかったから、まず屋号を決めようということになり、『いただきます食堂』という屋号を決めてFacebookに登録したんです。
そうしたら一番に連絡をくれたのが「中華料理三番」というお店のおばちゃんでした。
おばちゃん:「店はどこにあるの?」
梶原さん:「ないよ」
おばちゃん:「何が食べれるの?」
梶原さん:「タイ、ベトナム料理にラクサだよ」
おばちゃん:「呼べば来てくれるの?」
梶原さん:「そうだよ」
おばちゃん:「じゃあ、うちの店の定休日に毎週やんなよ!」

そのおばちゃんが、実の母のような「中華料理三番」のひいちゃんです。その後1ヶ月程したら、今度は海の家のオーナーと出会って、「海の家のキッチンやってよと言えば1シーズンやってくれんの?」と誘われ、「いいよ!」で決まり。
その内に『いただきます食堂』の名前が知れてきてキッチンカーが欲しくなり、友だちから譲ってもらい移動販売を始めました。そうしたら今度は横浜の藤が丘でお店を閉めようとしている人がいて、「2か月先まで家賃を払っているのでこの店で2か月間やったら」と言われてやりました。
その後、イベントの仕事や出張料理人などをしていたら、だんだん冬が近づいてきて仕事がなくなってきて「やべー」とか思っていたら、『cafe pipipi』というお店のオーナーあゆちゃんを紹介されたんです。あゆちゃんから「私は出産間際なので、このカフェで7か月間やりませんか」と言われ引受けました(笑)。
元々、相方と決めていたのは、オファーは全て引き受けるということだったので、100円でやってと言われれば「えびせん」1枚持って行こうよと決めていました。
それに、その時の相方の全財産が2千円しかなく(大笑)、いい大人が2千円しかないなら、間違いなくもうこれ以上貧乏になることはないからということで、『cafe pipipi』を引き受けることにしました。

――ずうっと、繋がってますね。(笑)

梶原裕矢さん:そうなんです。それであゆちゃんが産休前に、自分のお客さんにこれからここで『いただきます食堂』をやってもらうのでよろしく!と宣伝してくれたので、オープン初日から長蛇の列でした。2日目も行列ができ、3日目は仕込みが間に合わなくて完売閉店になってしまいました。それからずーっとそんな状態が続きました。
周りの人たちからは「儲かってんねー」って言われるけど、やっているボクらは収入と支出のどっちが多いのかわからない状況でした(笑)。
段々と終わりが近づき僕らも次の動きを考え始めたら、相方が店を辞めて会社員になることを決めたので、ボクはタイや沖縄への移住を考えましたが、やっぱりラクサは美味くて止められないなと思い、いろいろな選択肢を考えていました。そんな時、南インドカレーをやっていた友達が店を閉めると聞いたので、その店を引き継ぐことにしました。それがこの店です。

相方とタイとベトナムに料理の修行に行った時。これから相方がベトナムに行くタイミング

親子でイベントに出店

これがラクサ!

――料理が好きなんですか?

梶原裕矢さん:食べることと喋ることが好きなんですが、料理はそんなに好きではないです(二人大笑)。
実は、この店を始める前に少し迷いがあって、ボクが尊敬する『へっころ谷』のオーナーのけんごさんに相談に行きました。周囲からは絶対に店をオープンした方がいいと言われていましたが、これからもボクはラクサをやるべきか、正直言ってよくわかりませんでした。
その時けんごさんから言われたことは、「結局、ゆうやは何を一番やりたいの?」ということでした。それを突き付けられた時に、ボクはお喋りがしたかったんだということを、はっきりと自覚することができたんです。
「じゃあ、お喋りをするシチュエーションはどんなイメージなの?」とけんごさんに聞かれ、そもそもボクは何故飲食店をやっているのかという原点に遡って考えてみました。

すると梶原さんが突然、「ああ、まさか今日こんな話になるなんて思ってもいませんでした!」と、叫ぶように独り言を言いました。
そしてタオルを巻いた頭をちらっと私に見せながら、「実はボクは死にかけたことがあるんです」と言いました。見せてくれた頭には、大きな傷痕が残っていました。

梶原裕矢さん:死にかけた時に、生に対する実感がほとんど無くなっていた状態から、ボクは奇跡的な復活を遂げることになるんです(笑)。

――事故ですか?

梶原裕矢さん:バイクの事故です。入院して約2ヶ月経った頃、ボクは少し障がいが残るような状態でした。その時母は、医師から「ここまでかも知れませんね」と言われたらしいです。

――何歳の時ですか?

梶原裕矢さん:18歳です。奇跡はその後突然にやってきました。ある日、当時引きこもり状態だった友だちが見舞いに来てくれたんですが、そこからなぜかボクの容態が一気に変わり始めたんです。信じられないような話ですが、それから程なくしてボクは元気になって退院してしまいました(笑)。
引きこもりの友だちが見舞いに来た日以降、毎日のように友だちが大勢見舞いに来てくれるようになり、ボクは自分でもビックリするほど、どんどん元気になっていきました。
友だちの力って凄い!こうやって生きるパワーを人からもらえるんだ!生きるって楽しいな!そんなことを強く感じ始めていました。

――その年代の友だちのパワーって凄いし、それをきっかけに覚醒されたんでしょうね。

梶原裕矢さん:そうなんです!「生きるって楽しいよ!」。ボクはそう伝えるメッセンジャーになろうと思いました。そしてどうやって伝えていこうかと考えた時に、ラジオのDJになろうと思い専門学校に通い始めました。

――やることが真っ直ぐですね!

梶原裕矢さん:一方で居酒屋でバイトをやっていたらこのお喋りがかなり役に立ち始めて、お店のホールを任されて毎日ガッツリと喋っているとお客さんに凄く好評で、ボク自身もすっげー楽しかったんです。
そこでボクはちょっと勘違いしてしまって、お喋りではなく飲食店が楽しいと思い込んでしまいました。母ちゃんに、「オレ、DJじゃなく飲食で“楽しい”を広めていく」と話しました。
その時、2つのことを決めてやってみたんですが、一つは自分の店をもつまでは止めない、もう一つは楽しいと思うこと以外やらない、ということでした。

――良かったですね、死に掛けて(大笑)

梶原裕矢さん:本当にそう思いますね。死に掛けていなけりゃ、全く違う人生だったと思うんです。特に子どもができた後は、本当に余生ですよね。これで一つの役割が終わったんだなあって、すっげー思いましたね(笑)。
人間って凄いですよね!本当はみんな凄い能力があるはずだし、ボクも結構あるんだろうなと最近思っています。でもそれに気づいていない人がほとんどじゃないですか?

――本来の能力をほとんど発揮していないし、退化していますよね。

梶原裕矢さん:もったいないですよね。人間はどのくらいまで進化して、どんな能力があったんだろうと知りたくなります。

――テレパシーなんかは当り前にあったでしょうからね。

梶原裕矢さん:生まれてくる前は全てをわかっていたのに、全く別の感覚で生きていると思うんです。生まれる前に魂の旅をして来て、生まれてからは人間という箱の中に入って生きていかなければならないって、たいへんですよね(笑)。逆に人間の箱から抜けて魂に戻る時は、人間だった時の記憶があった方が楽ですよね。
ボクは人間一年生だから、魂の記憶がないんじゃないかな。多分、人間一年生の人が多いと思うんです。

――この世で生きている時は魂と身体が一体なので、それを制約と感じるか、自由とか開放的と感じるかによって生き方が全然違ってきますよね。まずはポジティブに感じて生きた方が絶対お得です(笑)。

梶原裕矢さん:まさにそうっす!今、営業時間が11時~15時までにしていますが、まずは自分のやりたくないことを全部削いでみたんです。自分の好きなことを好きな程度しかやらない。本当は週休2日にしてもいいけど、週休1日にして、年に一度1ヶ月程休みを取ることにしました。
ボクが迷っていたら、嫁が「おい(笑)、自分のお城でしょ。自分の好きなようにやれば世の中ついてくるよ!」と言ってくれました。

――奥さん、凄いですね!腹が座っています(笑)。梶原さんのFacebookで「しゃべらNight」というイベントを見ましたが、どんなことをやっているんですか?

梶原裕矢さん:お昼にお店ではあまり喋れないので、喋る機会をつくって“人生って楽しいよ!って伝えたいんです。ただ伝えていく上で一つ問題なのが、“世界が平和じゃない”ということ。どうしても手放しで喜べないんですよね。じゃあどうするか。
まずはボクのアタマの中を、平和でめっちゃ楽しいという状態にする。アタマの中がハッピーだと思ってさえしまえば、それでハッピーな訳です。
ところがボクらは、そう思えないように洗脳されて来たんだなと、最近になってわかりました。学校入って競争して、誰が誰より優れているとか比べられて。
でもそうじゃない。ホントは生まれて来ただけで最高!誰とも争わなくていい。そう思って無理しなければ、実はすっげー楽なんだとわかっちゃいました。
だからボクは無理せずに楽しくやるんだよと言いたくなってきた。そういう話をする時期が来た。じゃあ、喋る場をつくろうって思って始めたのが、月1回の「しゃべらNight」です。
結局、ただのおしゃべり場になってるんですけどね(笑)。

恒例の『しゃべらNight』

――楽の伝道師ですね!私は最近「シャカ・サロン」を始めました。シャカは社会企業家の略称です。そこでは、できるだけ世の中をコッケイに見ようと言っています。そして変化を楽しもうと。そうすると会社も仕事も、ほとんどのことが笑い話になります(大笑)。笑い話にしながら、日常を変えていくのがいい。
死ぬほどたいへんなことって、そんなにないじゃないですか。

梶原裕矢さん:なーんもない(笑)。みんな考え過ぎなんですよ。“好きなことを好きなだけ”、これが一番ですよね(笑)。
ボクがそのことを一番実感したのは、この店を出すまでの奇跡の連続のような出来事が起こった時でした。元々ボクはいつか店を出したいと思っていましたが、ここにあった南インドカレー屋の『ちょうたら』さんが店を閉めようとしていた時に、周りの友だちがその店を継ぎなよと言ってくれました。ただおカネがなかったし、すでに店を借りたいという先約者がいたので半分諦めていたんです。
その後、今年のお正月に『ちょうたら』さんに挨拶をしに行った時に不動産屋を紹介されたので、ダメもとでもいいと思い不動産屋に行くことにしたんです。それで、その前日に嫁が自分の全財産を調べたら百何十万円かあることがわかったんです。
翌日不動産屋に行ったら、先約者はなかなかおカネを振り込まないし、『ちょうたら』さんからはボクに借してほしいとプッシュされているという話だったので、店を借りる費用を聞いてみたら、ちょうど全財産で少しおつりがくるくらいでした。その時初めて、これはイケルかなと思いました(笑)。
さらに、本来ボクが借りる場合は保証人か保証会社を通さなくては借りられない状況でしたが、何故かそれもスルーし大家さんもOKしてくれました。ちょっとあり得ないことが起きていたんです。そして開店までの22日間に、今度は内装に使う木材をもらったりして、内装代をほとんど掛けずに店をオープンすることができました。
このような実体験をしたボクは、“好きなことをやっていれば上手くいく。周りがサポートしてくれる”と確信しているし、それをみんなに伝えたいんです。
多くの人は楽しく生きることに躊躇してしまいますが、大丈夫!ボクと同じように誰かが助けてくれるし、何かが起きて上手くいきますよ。是非一歩踏み込んで、奇跡を味わってほしいなと思います。

――そう生きている人って少なくて、制約観念が先に来る人が本当に多いですよね

新店舗をオープンした時にいただいたお花とスタッフ達と

梶原裕矢さん:“好きなことを好きなだけ”と言うと、目いっぱいやらなくちゃと思う人が多い。好きなだけやればいいんだから、ボクは営業時間4時間。
調子に乗っているというのも、すっげー褒められてるのに、“調子こいてる”ってネガティブに聞こえてしまったりします。
「足るを知る」。
自分が必要な分だけ働いて、必要な分だけお休みをいただいて、楽しませていただいてやっていきたいなと思っています。

――「足るを知る」、「奪い合えば足りず、分かち合えば余りある」これって原点ですね!

梶原裕矢さん:わあ、ホントそれ!本当にそれです!!人間はなぜ奪い合うのか?それは貯蓄の文化が根底にあるからなんですよね。どうしても自分で所有したい、貯めたくなる。でもこれからはシェアの時代。貯蓄はもう終わりだと思うんです。
おカネですら、みんなでシェアしていけるような世の中になったらいい。みんなのおカネを一か所に集めて、そこから必要な時に必要な分だけ使うようにすれば、おカネは絶対に足りるんです。

――争いごとの根源は、そういう単純な欲求なんでしょうね。みんな欲求を満たすために生きている。でも求めている限り、心は満たされない。

梶原裕矢さん:おカネは実態のないものだから、そりゃあ満たされないですよね(笑)。

――本来、土地も誰のものでもない。

梶原裕矢さん:(笑)そう、誰のものでもない!土地はおかしい、ホントおかしい。いくらなんでも、地球もそれは嫌じゃなかろうか(二人大笑)。
地球からすれば、自分のボディに線を引かれて、国境だの誰の土地だの、そんなの知るかいって感じでしょ(笑)。

――“一所懸命”というのは、鎌倉時代に命がけで自分の土地を守ろうとしたことによるものらしいです。

梶原裕矢さん:やばー、命がけで土地を守る(笑)。

――だから昔からの感覚が、こびりついてるんですよね。

梶原裕矢さん:いやあ、全てにありがとうですよね!そう思えなけりゃ、自分を見失うことばかりじゃないですか!

――そうですね。ところでこれから何をしたいですか?

梶原裕矢さん:もっといろいろなことをしていきたいと思っています。だから十足くらいは、わらじを履きたいですね。ラクサを残すか手放すのか、なくすのか。この三択だと思っていて、一生涯やっていくことだとは思えない。近い将来誰かに譲るのか、任せるのか、そうやって自分は去って行こうと思っていて、ボクとしてはいろいろなことを統括するのが一番いいんじゃないかな。自分がアイディアを出し、そのアイディアをみんなにカタチにしてもらう。自分は統括だけ。ただラクサに飽きない限りは続けていくつもりです。
ボクのラクサは明らかに普通の味とは違うんです。美味過ぎるんです!フランチャイズ化するか、でも今一番面白いと思っているのが、レシピとか全てオープンにしてしまうことで、つくり方や何を何グラム、何時間でどのように、そうしてできたら油をどれくらいかける。全てオープンにしたらどうなるのか、やってみたいですね。
オープンにしたら、つくってみる人が続出しますよね。その結果、ラーメンでさえインスタントを買わないとつくれなかった人でも、ラクサだけはみんな一からしかつくれない。ボクの中では、ありじゃないかなと思っています。

――逆に、食べに来る人が増えるでしょうね。

梶原裕矢さん:自分でつくって美味かったら、今度は改良を加えますからね。そうやってラクサ屋がどんどん増えていく。ラクサに感謝しています。ラクサを日本でポピュラーにして、マレーシアに行く人を増やす。

――面白いですね。是非オープンにしてほしいですね。ところで子どもたちに伝えたいことはありますか?

梶原裕矢さん:みんな、ちゃんと“自分らしく”生きてほしいですね。それだけです。

――それでいいでしょ。ご自分のお子さんには?

梶原裕矢さん:楽しく生きてほしいです。楽しけりゃそれでいいですよ。

――楽しいってことに引っ掛かる人が多いんですよね、楽しいってことの本質を理解していないですよね。

梶原裕矢さん:ああ多いですね、そういう人。

――快楽とか一時凌ぎではなく、湧き出てくるような楽しさや人間の本当の喜びみたいなもの。その違いもわからない。心の底から楽しいってどういうことなんだろうと、また考えてしまう。

梶原裕矢さん:そうやって考えてたら楽しくないですよ!(二人大笑)。

――楽しみはもたらされるもの。

梶原裕矢さん:ホント、そこは派手に賛成ですね!みんな考え過ぎ!!

――思考にとらわれてますね、みなさん。

梶原裕弥さん:いやあ、まさか今日こんな話になるとは思ってもいませんでした。面白いですね、リレーインタビュー!

――やはり、一度死んだ人の話はどこか違いますよね(笑)。是非このピュアな感覚をもち続け、“楽の伝道師”であり続けてほしいですね。今日は楽しいお話しをありがとうございました!

 

人生って楽しいよ!と伝えたい。
私は生まれて初めて、そういう人と出会ったかも知れません。

私自身、3.11の後に気づいたことは、世の中や誰かの役に立とうと考え行動している人には支援者や協力者が現れ、思いも掛けない凄いことが生まれたり訪れたりするということでした。逆に、自分のことばかり考えている人は苦労しても思うようになりません。

よく考えてみると、当り前のことだとわかります。自分のことばかり考えている人には、賛同や協力という歯車がないのですから、そういうポジティブな歯車と噛み合うはずがありません。
世の中の役に立とうとした時に賛同や協力が得られ、世の中や誰かの役に立った時に、人は本当の喜びを味わうことができる。これは、体験しなければわからないことですね。

結局、体験した人にしかわからないということです。
つまり、考えていてもわからないということです。

“世界一のお喋り好き男” 梶原裕矢さんの原点には、いつも感謝の心がありました。

ありがとう!梶原裕矢さん。

 

■梶原裕矢さんのプロフィール

事故をきっかけに人生観が一変し、その後「人生楽しいよ」を伝える伝道師に。
運命に身を任せて生きることで、多くの人に助けられ「足るを知り」、.真に楽しく生きることの素晴らしさを実感した。
今現在は茅ヶ崎一中通り沿いにて『いただきます食堂』を運営中。
これからも楽しいと思う事に挑戦し、さらにはそれが身の周りの人からどんどんと広がって世界中の人、動物、植物、地球自体が喜んでしまうような何かを探して生きていく。
目標は『世界平和』。
YUYA  KAJIWARA facebook
いただきます食堂

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