篠山佳奈さんへのリレーインタビュー

癒しスタイリストの小宮雅也さんからのリレーインタビューは、クラニオセイクラル・バイオダイナミクス・
プラクティショナーの篠山佳奈(ささやまかな)さんです。

篠山さんは翻訳や通訳もされていて、聡明感のあるとても気さくな方です。何となく「佳奈さん」と声を掛けたくなります。佳奈さんは子どもの頃から学校が嫌いで、なぜ学校に行かなければならないのかわからなかったと言います。社会的に正しいとか普通とされていることに自分は当てはまらず、適応できない気がするという感覚がどこかにあったようです。

そんな佳奈さんと話していて、私が「そのままでいいじゃないですか」と言うと、佳奈さんは「年上の方からそう言われると、本当に安心します」と言われました。
私自身、特に3.11以降は普通や常識を疑問視し、そういうものと比べて生きることに何の意味もないと考えるようになっていたので、ごく自然に発した私の言葉が、佳奈さんにとってはとても心強く感じられたようです。

“私は私のままで良かった。”そう思わせてくれるひと時でした。(聞き手:昆野)

 

――クラニオセイクラル・バイオダイナミクスとは、どういうものですか?

佳奈さん:日本語では「頭蓋仙骨療法」というのですが、クラニオセイクラル・バイオダイナミクスは、一言でいうと「リスニング」。「聴く」施術です。頭部や仙骨、足、横隔膜など、様々な部位に「5gのタッチ」と呼ばれる軽いタッチで触れることを通して、身体のいろいろなシステムの動きや、体液の流れ、振動数を聴いています。
私がクラニオを説明する時によく使う表現なのですが、「聴く」ことは「スペース」をつくるんです。例えば、私が一人で何かを考えていると、自分のアタマの中でぐるぐると思考が巡っているだけですが、誰かが聴いてくれていると、私とその人との間にスペースが生まれます。そこで話し手の方に気づきや変化が起こったりするんです。同じように、クラニオの施術をする時は施術者(ファシリテーター)である私と受け手、お互いの身体、本質の間にスペースが生まれます。
例えば物理的なことでいうと、骨格の歪みや、手術を受けた後に筋膜がぎゅっと縮まっているところがあるとか、昔の事故からくる痛みや歪などがあったりしますよね。ファシリテーターという「聴き手」がいることで、身体が自らそういうものに気づきやすくなるんです。どんな状況でも、身体は常に健やかな状態を保とうとしているので、変化が必要な部分に気づいたら、自然と調整が起きたりします。感情的なものが表出することもあります。
以前、施術をしていたら、すごく苦しいような、焦燥感のような、何ともいえない感覚を胸の辺りに強く感じたことがありました。どうしてだろう、部屋の温度が暑いんだろうかとか(笑)、不思議に思いながら施術を続け、しばらく経つとその感覚はなくなったのですが。施術後にクライアントと話をしていたら、過去に事故に遭って背中を強く打ち、背骨が歪んでしまったことがあったとわかりました。詳しい状況を本人に確認したわけではないのですが、その時の感覚が伝わってきたのかなと。

――それは驚きですね。相手の方は自覚があるんですか?

佳奈さん:施術中は寝ていました(笑)。身体がしゃべって教えてくれたような感じですね。施術中はいろいろなことが振動として伝わってくる場合もありますし、クライアントが泣いたり笑ったりすることもあります。すごくしゃべる人とか怒っている人もいたり、様々なので、私も何が起こるかわからないんです(笑)。どんな形であれ、その人に必要な何らかの変化のプロセスが始まるきっかけになるのではないかと思います。

――ウェブサイト『hiraku』を拝見すると、身体の「内なる知性」という説明がありますね。

佳奈さん:「内なる知性」、英語では「ボディーインテリジェンス」といいますが、身体はどんな状態でも常に健やかさ、恒常性を保とうとしています。例えば、腕を失ったら失った状態で、ガンがあったらガンがあるという状態で。私たちが頭で理解していなくても、生きている限り、「内なる知性」がはたらいているんです。施術がそれを実際に思い出すきっかけとなればいいなと思います。

――何がきっかけで始められたんですか?

佳奈さん:ウェブ制作の会社ではたらいていた時に、パソコンに長時間向かう職種柄もあり、周りに疲れている人が多くて。自分がやっていた翻訳、ライティングという仕事だけでなく、何か別の形で役に立ちたいなと思ったんです。辛そうな人を見た時に、身体に触れたいなと思って(笑)

――身体に触れる機会を(笑)?

佳奈さん:それで最初にレイキのようなものを習ってみたんですが、いきなり「レイキしてあげるよ」と言うのも驚かれるかなと思ってなかなかできなくて(笑)。それで、マッサージをちょっと習おうと思ったんです。ちょうどその頃に読んだ吉本ばななさんの『健康って?』という本、すごくおすすめの本なのですが、そこに書いてあったチネイザンという内蔵マッサージが気になって、チェンマイまで習いに行くことにしました。でも、チェンマイで実際にチネイザンを受けてみたら、ボディーワークを何も知らない状態でこれは無理があるな、と。いきなり人のお腹を触るなんて無理だなと思って、それで、チェンマイではタイマッサージを学び、帰国してから錦糸町にある足つぼのお店で中国式リフレクソロジーを習いました。そのお店でお手伝いさせてもらっている時にヘッドマッサージをする機会があって、どうせならちゃんと学びたいなと思い、タイマッサージの先生に相談したところ、「ヘッドマッサージならローズマリーのところに行きなさい」と教えてくれて。実際には、クラニオは全然ヘッドマッサージではなかったのですが(笑)よくわからないまま、受講を決めたんです。そうやって、クラニオの先生、ローズマリーと出会いました。

ローズマリーのクラニオ講座を受講したチェンマイの北にある街、パーイ。
とても、のどかなところです。

クラニオを学び始めた年に、一緒に受講した仲間たち。
今でも交流が続いています。

――すごい行動力ですね!何がすごいかと言うと、動機が困っている人の役に立ちたいということです。何かに突き動かされている感じがします。

佳奈さん:初めてローズマリーの講座に参加した時に一番印象的だったのは、彼女がいつも、何に対しても「That’s OK.」ということです。例えば身体がバランスを崩しているとか、どんな状態であっても、今起こっていることに対して「That’s OK.」なんです。

――「That’s OK.」素晴らしいですね!何とも言えない安心感が生まれます。また気がついたんですが、佳奈さんは人の役に立とうと行動していることが、自分の本質を見つける旅に結びついているんですね。

佳奈さん:確かにそうですね。クラスの初日にローズマリーと一緒にサークルに座った時、それだけで、自分の身体の細胞が一気に震えて「ひらいた」ような感覚が溢れてきて、涙が出そうになりました。彼女の佇まい、在り方そのものが、私という存在にまるごと耳を傾け、受け入れてくれている。それを身体が感じてすごく喜んでいたんですね。それまで、自分自身に対してそこまでのOKを出したことがなかったので。その時にもう、この人と学びたい!と、いつかこの人を日本に連れて来たい!と思っていました。
もうひとつ、ローズマリーがいつも話してくれることに、「条件付け(コンディショニング)」というものがあります。赤ちゃんの時や子どもの頃、まっさらな自分だった時に好きだったことや自分本来の性質が、育っていく中で、たとえば家族にいろいろなことを言われたり、周りの人や文化、環境の影響を受けて、歪んでしまうことがあります。それが、「条件付け」です。ローズマリーは、それを「はがす」というか、「ひらいて」いくんです。
私が彼女のクラスで経験したことなのですが、クラスの子とペアになって練習している時に、身体のある場所に触れられたら、すごくうずうずして動きたくてたまらないという感じになったんです。でも動いたらパートナーがびっくりしてしまうと思って我慢していると、なぜかローズマリーが察知して近くにやってきて、「今何が起きているの?」と私に聞きました。走り回りたいような気持ちだけれど我慢していると伝えたら、「子どもの頃に同じようなことがあった?」と聞かれました。
そう言われてみると、私が育ったのは集合住宅の5階だったので、子どもの頃に、いつも親から走ったり飛んだり跳ねたりしちゃいけないとか、うるさいからやめなさいと言われていたことを思い出しました。
それも条件付けのひとつです。そうやって、無意識のうちに身体がいつのまにかキュッとなっていたのだと思います。緊張ですよね、固まっていたんです。それが、私にとっては「ひらく」きっかけになりました。6日間のクラスを通して、これまで自分だと思っていた輪郭が崩れていくような感覚がありました。

――“ねばならない”ということが多かったんでしょうね。

佳奈さん:そう思ってはいなかったけど、多かったんでしょうね。変化のプロセスは、その後、1年くらい続きました。そういう経験から、私も人に対してそういう瞬間を提供できたらうれしい、その人が本来のその人に戻れるきっかけをつくれたら、そのお手伝いができたら、と思うようになりました。

クラスの5日目くらいの朝ご飯の時間。
私が「ひらいて」きたことが伝わるのか、猫がどんどん乗ってきました。

――人のために何かをするのが好きなんですね。

佳奈さん:人が好きなんです!

――へーえ、人が好きなんですか。

佳奈さん:辛そうな人がいたら、単純に傍にいたいなという感じですね。施術をしている時も、ただともにいる感じで。その中で、その人の生命の力を感じたり、その人の本質のところ、生きる喜びのようなものや、光のようなものを感じる瞬間があります。

――すごいことですね!そもそも人間はそういう生き物なんでしょうが、条件付けされて人間らしさや自分というものを忘れてしまっているということですね。死ぬまで思い出せない人もいるでしょうね。

佳奈さん:特に日本の人は、判断基準が自分以外のところにあって自分を見失いがちにもなることが多いのかもしれないですね。自分が本当にハッピーなのか、喜びを感じるか、いつもそこに判断基準を持っていられれば、いつも自分のままでいられるのだと思いますが。

――普通や常識と比べて、安心したり許されると思っていると本質から遠ざかりますね。

佳奈さん:自分が「普通」だと思っていることから解放されないと、辛くなってしまいますよね。私にとっては、学校もそうでした。私は学校が嫌いで、中学の頃も登校拒否にはならないけれど休みがちで、高校では確信犯でしたね。通学途中に電車を降りて図書館に行ったり。欠席できる日数ぎりぎりまで休んで、化学の先生に呼び出されて「これ以上休んだら単位落とすぞ」と言われたりしていました(笑)。
その頃に、周囲の大人の誰か一人でも「学校には行くのが普通だ」という以外の説明をしてくれていたら、すごく救われた気持ちになったと思います。ですから「普通」という観念に縛られたり、何かをしなくてはならないという思い込みで苦しんでいる子どもや大人にも、それを無理にできなくてもOK なんじゃないかということは伝えたいですね。

友だちは好きだったけれど学校は嫌いで、確信犯的に休みがちだった高校時代。

――特に親は、自分の子どもの一番の理解者でいてほしいですね。親の役割として、理解することよりも優先されることがあるのかなあ(笑)。このリレーインタビューをしていて一番思うことは、“大人は子どもたちのために生きる”ということです。それは何かをしてあげるというよりも、自分を生きるということに過ぎない。大人がすべきことは、ただそれだけだと思います。

佳奈さん:子どもたちにとって居心地のいいところは、大人にとっても居心地がいいはずだと思うんです。そこを考えていけば、みんなが幸せになれるんじゃないかと思います。

――これ以上つまらない大人が増えてほしくないですね(笑)。

佳奈さん:自分ができることは、自分が楽しく生きることしかないですよね。どんなに人を元気にしたくても、まずは自分が楽しく元気に生きていないと。

――ところでどんなお子さんでした?

佳奈さん:ものすごく陽気だけど、ものすごくシャイな子どもでした。人がすごく好きだけど、すごく恥ずかしいという感じで。本を読むのがとても好きで、内向的な面もありました。やっぱり世の中の「普通」という概念から少し意識がずれていたのか、わかってもらえないと思うことも多かったです。学校の先生と話が通じずに思ったことを上手く説明できなくて、悔しくて家に帰ってから泣いたりしたこともありました。

陽気で活発だけど、シャイな子どもでした。

――夢はありましたか?

佳奈さん:絵を描いたりお話をつくるのが好きだったので、漫画家になりたいなとか思ったりもしていましたが、あまり職業を知らなかったから言っていたようなところもあって、漠然としていました。ひとつはっきりしていたイメージが「はたらくお母さん」。物心ついた時から母がフルタイムで働いていたので、自分もそうなるんだと何となく思っていました。
高校の時にホームステイでアメリカに行ってから英語を勉強したいと思うようになって、大学では英文学を学びました。ただ私、就活ができなくて。スーツを着て面接に行くっていうことがどうしても合わなかったんです。身体が拒否してしまうんです。その頃の冬休みにアメリカの友人のところに1ヶ月くらい遊びに行って、もっと長く住んでみたいなと思って、それで就活を諦めて、アメリカの大学院に願書を出したんです。専攻はクリエイティブライティングで、英語で小説とかを書く学科だったのですが、そういうことをしていたら翻訳の仕事を頼まれるようになって…。まとまりのない人生なんです(笑)。

――自分の人生を、そんなふうに言う必要はまったくないですよ。私も就活なんてしたことはないですから(笑)。

佳奈さん:本当ですか?じゃあ、どうやって就職したんですか?

――偶々です。拾う神がいたんでしょうね(笑)。その会社に25年いましたけど。当時の私の感覚は、どこの会社に入ろうがどんな仕事をしようが、自分にとってはほとんど同じことでした。

佳奈さん:でも、よく25年も勤めましたね。

――負けず嫌いに火が付いたんだと思います。トコトンやりました。私のサラリーマン人生はトコトンですよ。仕事であっても私個人のリスクで、やるべきことをやる。いつも命懸けですから(笑)。
同じ会社にいても、ほとんどの人は波風立てないような会社生活を送ろうとします。長いこと会社にいたいから保身になる。だから、つまらない。当たり前ですよね(笑)。自己犠牲や自己正当化が入り混じって仕事をしている人がほとんどじゃないですか。

佳奈さん:そうしている本人はしんどいですね。

――本人は諦めていても、子どもたちは迷惑ですよね。親のつまらない顔を見せられて、そう生きることが当たり前のように思わされているわけですから、とんでもないことです(笑)

佳奈さん:私がアメリカから帰国して2か月後くらいに3.11が起こって、私にとっては、そこで、これからも同じように続いていくものだと思っていた今が、プツンと切れた感じがしたんです。何となく漫然とこうなるだろうと思っていた未来が、一瞬にしてなくなった。その時に、今やりたいことをやるしかないと思ったんです。自分はどうしたいのか、たくさん自問自答したのですが、会社に全面的に属する立場になるというのは考えられなかった。だから、一度も正社員をやったことがないんです。それは私が選択したことなんですね。私たちは常に選択しているし、できるのですが、多くの人は選択をしないで、というか、選択している自覚がなく生きている。そう感じます。

――無意識に選択しているという自覚がないということですね。自覚がないから、誰かのせいにする。

佳奈さん:自分には選ぶ権利がない、力がないとか、選択肢がないと思っている場合も多いのでしょうね。

――それも選択していることですね。今自分がここにこのようにいること自体、選択の積み重ねの結果です。選択の総体だと思います。

佳奈さん:そうですね、そこに気づくと楽になりますよね。自分で選択することができると思えれば、それだけで楽になります。私も、以前は勝手に我慢しなければいけないと思っていたことに実は選択できるのだと気づいてから、気持ちに余裕が生まれたように思います。電車で席の居心地が悪かったら移動するとか、そういう小さなことから我慢をやめた感じですね。
この間は友人と新宿で待ち合せたのですが、私は新宿が結構苦手で。先に着いて待っていようと思ったら、駅を出た途端すごく気分が悪くなってきてしまって、そのままとんぼ返りで電車に戻ったことがありました。待ち合わせは、下北沢に変更してもらいました(笑)

――そうですか。何となく嫌だと感じたらやらない方がいいですね。直感を信じて生きていると、直感が磨かれますから。感受性が強いんですね。

佳奈さん:単なるわがままかもしれないですけどね。

――そんなことを考える必要はないですね。その人の直感を、他の人が否定できる立場にはないですから。

佳奈さん:そういうふうに言ってくださると、すごく有難いです。

――ネガティブな言葉は口にしない方がいいですね。いいこと、やりたいことを口にした方がいいです。念仏のように(笑)。そうすると、いつのまにか化学反応が起きてきますから。
これからやりたいことはありますか?

佳奈さん:ひとつは、ローズマリーが死生学というクラスも教えているのですが、それを日本で開催できたらと思っています。死生学は文字通り、死と、死を通して生を考える学問で、ローズマリーのクラスでは、自分自身が死ぬということを見つめたり、大切な人を失うという体験もそうですし、死が迫っている人、大切な人を失おうとしている人とどのようにともにあるか、そこにクラニオのタッチも交えたり、いろいろな切り口で考えていきます。
実は、私は子どもの頃から、ずっと死に興味があったんです。

――すごいですね!

佳奈さん:母が、死に対してすごく興味を持っている人で、エリザベス・キューブラー・ロスという医師が書いた『死の瞬間』のシリーズや、臨死体験についての本などが本棚にずらりと並んでいるところで育って。子どもの頃から、死ぬって何だろうとか、死ぬのになぜ生まれてきたんだろうとか、いろいろと死については考えていました。
ローズマリーの死生学のクラスの中で、自分が死ぬシミュレーションをしたんです。だんだん死んでいく、という時に、最初は後悔の気持ちがとても強く湧いてきました。特に、愛を伝えられなかった後悔というのが一番強かったです。でもその後、ある一瞬を越えた時にそういうものがすっと消えて、すべてがOKだという感覚になりました。すごく平和な感覚でした。

チェンマイで受講した死生学のクラスの最終日。

――死について話すことは生きている間しかできないですが、なぜかあまりしませんね(笑)。

佳奈さん:死について、もっとカジュアルに話せるようになったらいいなと思います。家族や大切な人が亡くなりそうな時にも、起こっていることについてオープンに話せたらいいし、それができないから辛い思いをしている人も多いと思うんです。死について話すことがタブーになっていたり、空気が重くなるとか、縁起が悪いとか言われることも多いですよね。死をもっと日常につながることとして話しやすい場所ができたらいいなと、すごく思っています。
あと、もうひとつ、とても荒唐無稽な夢の話をしてもいいですか?今のところは、実現する具体的な予定がまったくないのですが(笑)

――おっ、いいですね!ただ、実現性があるかどうかを自分で決めつける必要もないですよ(笑)。

佳奈さん:「村」というのかな、そういう場所をつくりたいと思っています。人が死んでいく場所と子どもが育っていく場所が一緒にあって…。自分がもし子どもを持ったとして、自分が死んでも子どもはちゃんと育っていけるだろうと思える、安心して死ぬことができる場所がほしいんです。
自分の子や他の人の子が入り混じって生活をして、親を亡くした子どももごく当たり前に他の子どもの家族と一緒にご飯を食べているような場所。そういうコミュニティがあったらいいなあと思っています。それが物理的な場所なのか、気持ち的なネットワークなのか、まだわかりませんが。

――いいですね!私も入れてほしいなあ(大笑)。

佳奈さん:本当ですか(笑)?どのようにしていけばいいのか、なかなかイメージができないんです。昆野さん、村長になってください(大笑)!

――個人的には温泉がほしいですね。温泉のある生活が私の夢です。温泉があるだけで、幸せな気分になれるじゃないですか。抱いている夢をこうやって言葉にしていると、どんどん広がりますよ!自分一人で何とかしようとするのではなく、楽しいことなんだから分かち合いましょう。そうすることで現実が積み重なって、ある時突然のように具体的な姿を目の当たりにすることになると思いますよ(笑)。

佳奈さん:確かに、人がいないと始まらないですからね(笑)。

――考えていてもしょうがない。夢を語り続けることが大切なんです。夢が実現した時、自分が生きているかいないかは大事なことじゃない。安心していられる人や楽しく生きている人が増えれば、それでいいじゃないですか。

佳奈さん:今日は久しぶりに、この話をしました。話しても大丈夫そうな人だなと思えたので(笑)。今日お話ししたことで、やはりこの夢は自分にとってとても大切なことだと再認識できました。

――うれしいなあ。そういう対象になれて光栄です!今日は楽しいお話しをいっぱい、ありがとうございました。

 

私は、一瞬にして自分の“死に場所”が見つかったような気がしました(笑)。
そして、いつのまにか私は佳奈さんにとても影響を受けていることに気づき始めました。それはインタビューの後も続いていて、自分でも不思議な感覚を心地良く感じています。

この感覚は、何なんだろう…。
“なつかしい”という感覚のような気がします。

このインタビューから1か月程経ってから、私は佳奈さんにクラニオをしていただきました。翌朝、目が覚めてすぐに何かが変化していると感じ、自分の首の後ろに手を当ててみると、いつもズレている首の骨のズレが解消されていたのでびっくりしました。
30年以上もずっと違和感をもったまま生きてきましたが、10分間程のクラニオで解消されるとは思ってもいませんでした。私が温熱療法のテルミーをしていることで、身体が敏感に反応してくれたようです。

That’s OK.
心地良い響きです。

佳奈さんは、これからも多くの人たちの救いとなる人なのでしょう。

 

■篠山佳奈さんのプロフィール

クラニオセイクラル・バイオダイナミクス・プラクティショナー。
ウェブ制作会社ではたらいていた頃、日々、長時間パソコンに向かっている同僚たちの健康が気になり、何か役に立つことができたらと、フリーランスとして独立した2013年にタイ古式マッサージを学びにチェンマイへ。そのまま、からだの奥深さにどんどん興味を惹かれ、チネイザン(腹部マッサージ)、リフレクソロジー、クラニオセイクラル・バイオダイナミクスなど様々なコースを受講。からだを通してその人の存在そのものにふれるような施術をする素晴らしい先生方に恵まれ、学びを深める。
現在は、基本は神奈川で、時々チェンマイなど海外を行ったりきたりしつつ、クラニオセイクラル・バイオダイナミクスの施術と、ワークショップなどの通訳や翻訳、書く仕事を続けている。
美味しいもの、本屋さん、木や海のあるところ、歩くことが好き。

hiraku