稲垣 円(みつ)さんへのリレーインタビュー

慶応大学SFC上席所員の菊地映輝さんからのリレーインタビューは、同じくSFC政策・メディア研究科研究員の稲垣 円(みつ)さんです。

広告代理店で仕事をされていた稲垣さんは、ある日図書館で1冊の本と出会いました。その本がきっかけで今があり、稲垣さんはとても心が満たされた状態で、日々研究に専念されています。

「私は、未来に悲観はしていないので、いつも“何とかなる”と思って生きています(笑)」と稲垣さん。
あっさりとした口調でとても大切なことを自然に話される稲垣さんは、楽しさや幸福感というものが何によってもたらされるものなのかを、あらためて私たちに気づかせてくれます。(聞き手:昆野)

――円と書いて、「みつ」とお読みするんですね?

稲垣 円さん:そうです、ちゃんと人名で「みつ」とあるんですけど読めないですよね。まどか、つぶらとも読みますが。

――同じ読み方の人に会われたことはありますか?

稲垣 円さん:ないです。今後も会えないと思います(笑)。

――なぜ、ご両親は円(みつ)と名付けられたのでしょうね?

稲垣 円さん:父が名付けたようですが、聞いてもはぐらかされて教えてくれません。多分、“エイヤー”で付けたんだと思います(笑)。もう一つの手がかりは、双子の妹が幸(さち)なので、二人合わせて円・幸(みつ・さち)でゴロが良かったんじゃないですかね。

――ちなみに、我が家の娘二人はひらがなにしました。息子は漢字ですが、誰でも読める字にした方が聞き返されなくて済むのでいいんじゃないかと思ったんです。娘の場合は結婚して名字が変わる可能性が高いので、字画数にこだわってもしょうがないかなと。

稲垣 円さん:読めることは大事ですねー(笑)。私は生まれてこの方、間違えられなかったことがないので真逆ですね。

――今はややこしい名前が多いですよね。今日もラジオを聴いていたら「アタック」とか「タックル」とか言っていました。

稲垣 円さん:えー、私は絶対付けないですね。昔は自分の名前がすごく嫌でしたが、今は好きになりました。こうやって名前のことだけで、すでに5分以上も話していますからね。

――今どういう仕事をされているんですか?

稲垣 円さん:SFCの博士課程に在籍しています。社会科学のうちコミュニティとか地域の住民自治組織の研究をしていて、人々がどのように自治をしながら地域をマネジメントしていくのかということにすごく興味を持っています。

――自治体と連携して行うこともあるんですか?

稲垣 円さん:はい。自治体や非営利の団体、民間企業と一緒に調査研究することもあります。

――以前は会社員だったんですか?

稲垣 円さん:そうです。都内の広告代理店で7年程働いていました。

――ご出身が北海道江別市で、教育系の大学でしたね?元々、学校の先生になりたかったのでは?

稲垣 円さん:教育系といっても家庭専攻で大学院も家政教育でしたので、元々は被服というかテキスタイルをやりたかったんです。家庭の事情もあって進路の選択肢として、国立大学しかなかったということと、あとは国公立大学で、テキスタイルや洋裁・和裁といった技術的なことを学べるような大学はないので、少しでも関連のありそうな教育大学の家庭科を専攻しました。
入ってみたら教育学は面白かったですが、先生になって現場だけで仕事をするというよりも、研究に携わって、その成果を教育現場に活かしてほしいという考えだったので、教師になる選択肢はありませんでした。

――今の教育現場を眺めていると正解でしょうね!(笑)。自分の好きなこと、向いていることを選択するのが一番です。それにしても学校で学んだことと広告代理店の仕事とは全く違いますよね。何がきっかけでしたか?

稲垣 円さん:学生の時に、札幌市内の新聞社でアルバイトをしていたんです。その時に記者さんと話す機会があり、ああ面白い仕事だなと思ったことがきっかけでした。特に記者の方々がいつも自分の足で情報を稼いでいるので、そういう話を聞いたり姿を見ていてとても面白くてやりがいのある仕事だなと思いました。
もう少し研究をできないかとも考えていたのですが、そういった情報を世の中に発信するという仕事に興味が湧いて、改めてマスコミ業界について調べ始めたんです。最初は新聞社に入りたいと思いましたが、私にとってはかなりハードルが高かったということや広告代理店という選択肢があることに気づいてそこを目指したんです。

――実際入ってみてどうでしたか?未知の世界だったのでは?

稲垣 円さん:私が就職した広告代理店は、女性医療や子どもの教育、医療福祉に特化していたので、それが家庭科を学んできた自分の中ではフィットしていたし、また社会的な意義のある事業をいくつも行っていたので、結果的に会社で働く上での能力に関しては、すごく身につけることができたと思っています。

――いい経験をされましたね。辞めるきっかけは、何かあったんですか?

稲垣 円さん:ある日、図書館である本が目に入って読んでみたんです。そうしたらその本に書かれてあることとその時私が担当していた仕事で感じていたこととリンクしてすごく面白くて、感銘を受けたんです。著者は誰なんだろうと思い調べてみたら、慶應大学のSFCの先生でした。すぐにコンタクトを取って何度かやり取りをしたら、見学に来てみたらと言ってくださって。SFCがどこにあるかもわからず、すっごく遠いキャンパスまで行ってみました。
授業を見学したり、先生と色々話しをしていると何となく後に引けない気持ちになり、大学院の試験を受けようと思い始め、とんとん拍子に物事が進んでいきました。

――どのような研究をされているのですか?

稲垣 円さん:社会科学という領域で、コミュニティや人と人のつながり(ネットワーク)のしくみやつながりを蓄積・機能し続ける鍵となる考え方である「ソーシャル・キャピタル」について学んでいます。ソーシャル・キャピタルは「社会関係資本」と訳され、人と人がお互いに協力し合うことが繰り返されると、人と人の間の「つながり」が強まります。つながりが強まると、「信頼」や「お互いさま」といった関係が醸成され、自発的に協力し合う行為や活動が生まれていくと考えられています。こうした人々の「つながり」を「資本」として考えるのが「ソーシャル・キャピタル」です。
ソーシャル・キャピタルが高いコミュニティでは、人々が自発的に経録し合い、活発に議論したり共に活動したりするので、余計なコストや時間をかけることなく、コミュニティの問題を解決したり価値を生み出したりすることが出来るようになります。
今は、地方をフィールドに研究をしていますが、こうした人と人の関係性が蓄積されているであろう地域を調査したり、持続的に機能し続けるにはどうしたら良いかなど、考えています。

――「ソーシャル・キャピタル」すごくいいですね!
“名は体を表す”で、私も当社の社名を「ソーシャル・キャピタル」にして良かったと思っています。
これからどうしたいですか?

稲垣 円さん:まずは博士課程を修了して、研究を続けていくこと。そして願わくば大学で教える立場になれればと思います。でも私は “ねばならない”という感じではないので、その時々に応じて選択していくという感じです。
私は、未来に悲観はしていないので、いつも“何とかなる”と思って生きています(笑)

――いいですね!不安というのは、まだ起きてもいないことに抱くものですからね。みんな、過去からの延長線上に未来があると思っていて、これから起きることを悲観的に考えてしまいがちです。いいことが起きてほしいならいいことを考えればいいし楽しいことを考えればいいのに、良くないことを考えてしまう。だったら考えない方がマシなんじゃないかといつも言っているんですが、多くの人は良くないことが起きるという“自信”をもっていて(笑)、自分に頼らず、神頼みや人頼みをしています。面白い生き物ですね、人間は。

稲垣 円さん:そうですよね!私は、今自分にとっていい環境にいると思っているので、とても楽しく研究に専念しています。

――今の仕事の社会的な意義はどんなところにあると思われますか?

稲垣 円さん:社会にインパクトを与えることは、簡単なことではないと思っています。社会にインパクトを与えるために仕事をするとか、社会的な意義ありきではなく、結果的に、そうあればいいのかなと思っています。

私を指導してくださっている方の言葉を借りれば、「アカデミックの側にいる者は、これが社会にとって大事なことなんだと言い続けることが大切だ」と言うことだと思っています。今私は、ある地方を研究フィールドに行き来しながら調査研究しています。私が研究するのはその地域で起こっている事象について、明らかにしていくこと、そしてそれが何を意味しているのか分析をしていくことです。今やっていることからすると、調査や研究し続けることやその結果を提示することで、地域の方々が改めて地域について見つめ直すきっかけをつくり、地域の方々が何かを始める時のしくみづくりや活動を促進する何かの助けになればいいですし、必要とされる立場になれればいいと思います。

昔みたいに学者だから偉いとか、何かしてくれると期待される時代ではなく、学者も現場で一緒に汗を流して考え行動しなければならない。大学の特徴でもありますが、机上で語るのではなく個々人が現場を持って調査研究していくことがベースにあるので、今、私は地方に関わっていますが、その地域を良くしていくのはそこに住んでいる人たちなので、その人たちにとっていい状況とか、どのようにすればいいしくみがつくれるのか現場で活動しながら考えたり、提示していくということに、私の役割があると思っています。その役割を担えるような力をつけていきたいと思っています。

「地域住民が互いに協力し合う関係であると、地域が整えられていたり、ごみが少なかったり、
場を訪れるだけで人々の関係性が見えることがあります」(稲垣 円さん)

 

――ところで今一番したいことは何ですか?

稲垣 円さん:一番したいこと…、とても難しい質問ですね(笑)。
実は今研究だけをする立場になって、とても楽しいんですよ。ストレスがないんですよね。以前広告代理店で仕事をしていた時よりも働いている時間は長いし、研究作業をしている時間もめっちゃ長いんですが、以前と比べると明らかにすごくストレスが少ないんです。

――このままでいいという感じなんですね。

稲垣 円さん:はい。私としてはとてもいい感じです(笑)。
強いて言うならば、私はいろんなところへ行くのが好きなので、今はそういう意味でも出張でいろんなところへ行けるので、それも楽しいし叶っている。幸せだなあと思いながら過ごしています。

――いいですね、今が楽しいというだけで社会貢献してますよ!だってそういう大人は、ごく僅かですから。つまらない顔をして生きている大人は、子どもたちの夢や希望の阻害要因であり罪です。大人は子どもたちのために生きている、“せめて笑ってろよ大人”といつも思っています。
稲垣さん、ずっとそのままでいてください。

稲垣 円さん:本当にそう思いますね!教育大にいた頃から思っていましたが、元々私自身は学校は好きではなかったし、尊敬する先生がいた訳でもない。教育に対して信頼のようなものはなかったので、教育大は入りたくない大学の一つでした(二人大笑)。
でも入ってみると志が高い人が多くて、子どもが好きで、先生になりたい同級生が周りにたくさんいました。ああ、こういう人たちが先生になったら、子どもたちも楽しいだろうしとてもいいことだと思いました。
この人たちが先生になれば教育現場も良くなるに違いないので、私はこの人たちの味方になって研究の成果を現場で役立ててもらおうと決心したんです。
ですから大学に入った意味は、後付けで見つかった感じです(笑)。

――ちなみに双子の妹さんは、今何をされているんですか?

稲垣 円さん:分子生物学が専門で、RNAの機能解析をする研究をしています。彼女は、私と違って民間企業に勤めるのではなく、最初から研究の道を選んで今に至ります。私にとっては研究の先輩です。

――小さい頃、夢はありましたか?

稲垣 円さん:夢とか、何になりたいとか、何をしたいとか、あまり考えたことがなかったと思います。小学校・中学校でよく作文とか書きましたが、周りの子の作文を見たりして「ああ、こんなふうに書けばいいのね」的な感じで書いていました。つまらない子どもだったと思いますけど、でもそういう子が多いんじゃないかなあ。

――私も何になりたいか早めに決めた方がいいと言われていましたが、職業としてもてる夢はなかったですね。テレビの見過ぎだったのか、自分は他の星から来ていて地球を救うヒーローだと思っていたような気がします(笑)。それでよかったんじゃないかと思いますし、未だにそれで何が悪いんだろうと思うところはありますね。

稲垣 円さん:何を書いたらいいのかわからなくて、何を書いた方がいいのかなという感じになって、とりあえず婦人警官とか書いたこともありました(笑)。

――そうなっちゃいますよね、画一的な教育では。今の子どもたちを見ていてどう感じますか?

稲垣 円さん:私の場合、小さな子どもたちと接する機会が少ないので学部生とかが対象になりますが、若い人たちは考えることやモノがたくさんあり過ぎて大変だなあと思います。それと私たちのように、何もやりたいことがないなんて許されない感じですよね。
私はのらりくらりと生きてきましたが、若い人たちはいつも考えさせられ、発言を求められ、ちゃんと意見を述べなくてはならない。大変だなあと思って見ています。

――それって何ですかね?教育において“個の確立”というものが、かなり重要視されているということなんでしょうけど、グローバルな人材育成に必要不可欠だということでしょうか。でもそれで世界は良くなっていませんからね。
私は今まで生きてきて、人間社会では白か黒かをはっきり区別することが必ずしもいいことではないと思うようになってきました。若い頃の自分とは大違いです。二者択一ではなく、どちらでもあり、どちらでもないという部分が残る。それでいいし、そこが大事なのではないかと。
コンピュータの世界も「01」のビットから、0でもあり1でもあるという量子ビットでの計算に移行しているようです。面白いなあと思っています。

稲垣 円さん:もう一つは、子どもの育て方が極端になってきているなと思うんです。例えば毎日塾通いしてお勉強している子の家庭と、うちは大自然の中で育てるんだなんていう家庭があります。
どちらがいいとは言えませんが、ほどほどがいいんじゃないかと思ったりします(笑)。

――私の知人で、数十年前に総理大臣の秘書をしていた方がいて話をしていたら、人生楽しかったと言っている人の共通点は、“ほどほどに生きてきた人”だったと言っていました。微笑ましい話でした。

稲垣 円さん:私自身は、ごくごく普通に生きてきたので、何も特長がないしホントに普通なんです。
(聞いてもいないのに…笑)

――いやーそんなことはないですね。今が楽しくてしょうがない人なんてあまりいないですよ。それだけでも十分な特長です。自分の道を自分で決めて、自分らしく生き、自分らしく仕事をされてきたからでしょうね。

稲垣 円さん:私は過去に戻りたいと思ったことはないんです。その時々に最大限の選択をしてきたからだと思っています。決断というよりも、大きな流れに乗ってみたという感じです。
まあ、ここで乗ってみようかなと言った感じで(笑)。
私は研究者として優れているとは思いません。これから先実績を上げていくには今以上の努力は必要ですが、(先がどうなるか分かりませんが)今のような気持ちでいられると思います。

――私は高校時代からずっと悩みがありません(笑)。当時は冗談で悩みなんかないと言っていましたが、何年か経ったらホントに悩みがないことに気がつきました。人間は言葉にし続けると、ホントにそうなってしまうのかとびっくりしました。単に、悩みの定義が違うだけかも知れませんが(笑)。
子どもたちに何を伝えたいですか?

稲垣 円さん:「思う存分にやりたいことをやりなよ」と言いたいですね。学部生の人たちは就活とか将来のこととか一杯抱えていますが、情報があり過ぎてみんな「こうあらねばならない」と思い込んでしまいがちです。
人生何度でも転換できるし、全く新しい選択をしても生きていける。実際私もそうですから。失敗だと思っていないので。
だから「好きなことやりたいことを選択してやっていけばいいよ」と伝えたいと思います。

――私たちはその時々で成功か失敗かを判断しがちですが、長く生きていると過去の成功と失敗が逆転したりします。結局、成功か失敗かなんてわからないですね。死ぬ前にどう思うのかなという感じです。
多くの人は、自分の都合のいいように考えて成功とか失敗とか言っていますが、その人の都合のいいように世の中ができている訳ではないので、都合のいいことばかり求めてもそのとおり物事が起きるはずがないじゃないですか。当たり前のことですよね。

稲垣 円さん:そうなんですよ、そうなんですよ(繰り返し)。

――いろんなところへ行くのが好きと言われていましたが、旅はいいですね!
旅を続けている人は、人生にとって大切なものを知っているような気がします。物欲が薄れ、執着や束縛から解放されていくのだと思います。

稲垣 円さん:旅をするように生きる。いいですね!

――今日は楽しいお話しをありがとうございました。

 

原宿の静かなカフェで待ち合せた私たちは、お互い顔を知らないので離れた席に別々に座っていました。待合わせ時刻丁度に、私の携帯に電話があり、店内で顔を見合わせて気がつきました。

第一印象は、透明感のある人。お話ししていると、後悔のない日々を過ごしている人だとわかってきました。

稲垣さんのような大人が増えれば、世の中はずっと良くなるだろうなあ。満たされない想いで生きている多くの人たちと何が違うのだろう。
お話ししながら浮き彫りにされてきた言葉は、「誤魔化しのない生き方」。

ご自身のことを何も特長のないごく普通の人間だと言う稲垣さんは、ただただ“自分を生きている人”でした。

 

■ 稲垣 円さんのプロフィール

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 後期博士課程 兼 研究員
2005年3月北海道教育大学大学院修了(教育学)
2005年4月から7年間、都内の広告代理店勤務後、2012年4月に慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程入学。2014年3月同大学院修士課程修了。
現在は、地域コミュニティの協働とマネジメントの在り方について研究をしている。

 

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