オーガニックシアター・リアクション研究所

① 演劇はちょっと反逆する 

 訓練を積んだ俳優たちの集団です。私たちの訓練の入り口で一番大切にしていることは正直な「気分」です。演技は、英語ではアクティング。つまり、「行動」です。しかしながらわたしたちは、アクティング=行動の前に、リアクティング=「受け止め」、つまり今、目の前にやってきた事象を「どう受け止めているか、どんな気分なのか」の方に重点を置きます。

役作りは、自分観察から始まります。俳優は常に自分の心の中を意識的にのぞかねばなりません。自己観察を役柄(キャラクター)研究の土台に置きます。役柄、つまり、人格は、言葉よりとっさの反応によりはっきり現れます。たとえれば、紳士的にふるまっていても、女性議員に仏頂面になる瞬間に安倍さんの人格が分かりやすく現れます。一瞬のリアクションに全知全能が隠しようもなく出てしまうからです。

けれど、安倍さんを演じるとき、私たちは、安倍さん観察より、自分を観察します。自分の中の「安倍さん」です。自分が仏頂面になる時はどんな時か。安倍さんのものまねは芸術ではありません。自分の実感から出発したものしか、共感を得ることはできないと私たちは考えています。

しかし、自分観察、これが厄介です。自分は自分を守るための嘘を自分につきます。ダメな自分、できない自分、無力な自分をみたくない。知らず知らず、すり替え、合理化し、見たいものしか見ない。だから自分の本心を見つけるのは至難のわざです。本当のわたしは今何を感じていて、何を求め、どうしたいのか。本心は奥の方に追いやれたままです。なので、シンガーやダンサーになるより、本物の役者になるには時間がかかります。

さらに問題なのは、今の社会の価値観です。今は小学校から「弱さ」「人間らしさ」「正直さ」は邪魔、とばかりにそれらを隠し、空気を読むことを暗黙のうちに強要されているといっても言い過ぎではないくらい。本当の気持ちを隠しているうちに、自分の心に目を向けなくなり、感じることをやめ、心が虚栄心や、恐怖心のようなものに覆い尽くされて見えなくなってしまいます。正直が許されるのは幼稚園、絵本の世界までですから。

でもだからこそ、演劇をしなくちゃならない。人は正直さを失い、人とつながれなくなり、本当に欲しいものが分からなくなると不安でむなしくて、不幸です。すると心の空洞を埋めるために購買意欲が高まります。大量生産大量消費社会をキープするには人々をそういった不幸なままにしておかねばなりません。そのためにはCMで、モノがあれば幸せになる、という罠をかけることが必要です。富を独占したいと思っている人たちにとっては、その罠を外そうとする演劇は、なかなか危険な芸術です。

次回作資料と、胡蝶蘭

次回の音楽劇「チョコレートの森とイヌのコルクの喜びを千年伝える」の資料本と胡蝶蘭

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