100匹目の猿

『100匹目の猿』という言葉があります。2008年に亡くなったライアル•ワトソン(地球物理学者)が言い始めました。この言葉の由来は、宮崎県の南にある幸島(こうじま)の野猿の観察から始まります。何十年も前のある日、小学校の女性教師が野生の猿に餌付けをしながら、生態やその社会の調査を開始しました。

そんなある日のこと、ある猿が餌のイモを洗って食べたのです。幸島という島ですから、当然まわりは海。イモに付いた砂を洗ったのか、海水の塩味がよかったのか、最初の猿を真似て他の猿もイモを洗って食べだしました。少しずつですが、餌を洗って食べる猿の数が日を追うごとに増えていったのです。ただし、【洗う猿】には一つの共通点がありました。すべて、若い猿か新しく生まれてきた猿たちでした。年寄りの猿は【洗う猿】を真似ることをせず、【洗う猿】にはならなかったのです。

やがて、89、90、91匹と【洗う猿】は増えていきました。その数が100匹になった日のことです。数百㎞も離れた他県でも野生の猿のグループの観察が行なわれていたのですが、なんとその中の1匹が、いきなり餌を洗い、そして食べたのです。まるで幸島で暮らしている猿のように、その若い猿は【洗う猿】になったのです。

集団の中で、ある行動が広がり一定の数を超えた時、別の集団でも同じ行動が始まる。その現象をライアル・ワトソンは【100匹目の猿】と名づけたのです。一方、水を熱すると湯になり温度を計ると100℃、つまり沸点。水を冷やしていくと氷になり計れば0℃、氷点。それに似た表現でいえば、着火点、発火点、飽和点、融解点などがあります。一気に別の状態になることです。でも、それらはすべて物質の変化のことです。しかも、その物質はお互いにスグそばにある。物質どうしの距離はないに等しい。しかし【100匹目の猿】現象は、お互いどうしの距離が数百㎞もある。

ところで、心とは物質でしょうか?微妙です。肉体という物質がないと心は宿らないし、肉体がないとどんな行動もとることができません。考えるも思うも、目に見えないだけで、やはり行動の一つだからです。だから『心身の両面』という言葉もあるのでしょうし。英語圏の心理学者の中には、東洋で言う心とはハートではなくて、マインド(気持ち)➕ソウル(魂)のことだという人もいます。その心が表現するのが行動で、その行動を見て(見るというのも行動)真似ようとする心になり、実際に真似る(行動)。この一連の流れは、ある暗示を私たちに与えます。

それは、人生というシステムのことです。メカニズムといってもいいかもしれません。私たちの人生は何でできているのか?
それを【100匹目の猿】現象を使って翻訳してみることにします。

人生は何でできているのか?
出来事と、その人のココロでできています。そして出来事の方は三つに分けられます。
・大きな事➖地震や嵐などの、地質や気候レベル。
・身の回り➖事件事故、人間関係などの世間レベル。
・自分自身➖病気、ケガ、体質、年齢、男女などの個人レベル。
次にココロの方はというと、分けるとキリがないほど小さくなり、結果たった一つの巨大なものだったという、なぞなぞ問題のように見えてきます。

その謎を解いていきます。まず、ココロを分けてみると、
・いつもの自分➖自分って、こういうキャラ!
・今までの自分➖嫌になるほどわかっている!
・あの時の自分➖あの時あの事さえなければ!
さらに分けていくと、くよくよする自分、くよくよする自分を嫌う自分、嫌う自分と嫌われる自分のどちらが本当の自分?嫌われる自分ってかわいそう、自分を分かってあげる自分にならなきゃ、なんて自分ってちっちゃいんだろう。このようにキリがないほど小さくなっていきます。そして、たった一つにたどり着くのです。しかもそれは、自分のすべてを覆いつくす巨大なものです。

たった一つの巨大なものとは、『思い込み』のことです。【100匹目の猿】とは、ある行為が広がって一定の数を超えたグループは、他のグループにいきなり影響を及ぼすということでしたね。これが『洗う』行為なら、他のグループも『洗う』行為を始めるのでいいのですが、そうではない行為だとしたらどうでしょう?『争う』とか『奪う』とか『怖がらせる』などです。そういった行為は、自分にも相手にもまわりにもある感情を生みます。整理してみましょう。
・『洗う(自由)』➖《平和》➖〈リラックス〉
それに比べて
・『争う(勝敗)』➖《怒り》➖〈緊張〉
・『奪う(得失)』➖《悲しみ》➖〈緊張〉
・『怖がらせる』➖《恐れ》➖〈緊張〉
どのルートをとっても、緊張にたどり着きます。

緊張するとどうなるかを思い出してみて下さい。ココロの緊張は肉体の緊張になっていきます。個人差はあるでしょうが、チェックしてみましょう。
のどが渇く、心臓がドキドキする、胃が締めつけられる、肩がこる、体が硬くなる、まばたきの回数の増減などなど。
そのメカニズムを解明していくと【100匹目の猿】現象が見えてきます。
肉体とは、100匹どころか数多くの器官からできています。その器官とは、喉、心臓、胃、肩、筋肉、まぶた等のことをいいます。そして器官も100匹どころか数多くの組織からできています。その組織はというと、100匹どころか無数の細胞の集団からできています。
緊張の始まりは一個の細胞からです。その細胞に影響させたのは、そもそも何でしょうか?ココロでしたね。正確にいえば、ココロの集団です。ここでいう集団とは、回数のことです。一度(一匹?)だけじゃなく、何度も(100匹?)同じように思うことをいいます。世に言う思い込みです。それは細胞に影響を与え始めます。

『争う』
ほとんどの人は、争う相手は他人、他社、他校、他国だと思っています。それは思い込みです。実は自分自身と争っています。
ゆっくりしたい自分に、別の自分がそんなのん気でどうする!
やさしくしていたい自分に、別の自分がそんな弱気でどうする!

『奪う』
ほとんどの人は、奪うのは好きではありません。なぜなら奪うのは他者からだと思っているからです。タイトルを奪取!チャンピオンベルトを奪い返す!領土を奪われた!それは思い込みです。実は自分自身から奪っています。
幼い頃は空をながめてたのに、いつまでも子供じゃダメだ!
何もしないでノンビリしていたのに、ムダな時を過ごしちゃダメだ!
人の話や行動に感心していたのに、自己主張ができないようではダメだ!

『怖がらせる』
ほとんどの人は、怖がったことはあるけれど怖がらせたことはないと思っています。敵が攻めて来る、親や先生に叱られる、恐そうな人がいる。それは思い込みです。実は自分自身を怖がらせています。
そんないいかげんなことでは、とんでもない結果を招くぞ!
好きなことだけやっていて、うまくいくはずがない!
将来って、いいことは何もないんだぞ!今から備えろ!

ここで、冒頭の『100匹目の猿】の中で触れた【洗う猿】にならなかったグループについて観ていきます。彼らの共通点は、みんな年寄り猿だったということでしたね。つまり、ベテラン猿だということです。ベテランの意味は、経験豊富、熟練です。人間にもベテランがいます。仕事のベテランは慢心に注意すればいいのですが、立場のベテランは本人がそれに気づいていないケースがほとんどです。老人という立場、親という立場、夫という妻という立場、子供という立場。部下、上司、教師、生徒という立場のベテランです。わたしの言うベテランの翻訳は、思い込みです。

人生は出来事と、その人の心でできています。今後も出来事がない日はありません。出来事は選べないことが多いものです。でも、それらに反応する心の方は選ぶことができるのではありませんか?【100回目の思い】は良くも悪くも思い込みになり、心を作っていきます。そのメカニズムを知ってさえいれば、人生はやわらかくなっていくでしょう。

この文を、12月6日に亡くなった安保 徹先生に捧げます。
安保先生は、免疫学の世界的権威でした。
あらゆる医学的質問にも、やわらかく答えてくれました。
身体に不調を感じたときは、生き方を反省してみましょうといいました。
その人生は、一貫して私たちは思い込みをしてはいないかを呼びかけるものでした。

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