そもそも論

私は仕事の会話の中で、「そもそも・・・」という言い方をすることがあります。 考えてみると、他の人よりも使う場面が多いことに気がつきます。

・仕事が混沌とした状況の時。
・目的を達成するための考え、行動から逸脱しつつある時。
・手段や方法が目的化しつつある時。
・目先の利害が優先されそうになった時。
・何のために仕事をしているのか、よくわからなくなってきた時。
・クレームやトラブルが発生した時。
・仕事や職場、経営方針等について相談を受けている時。 etc.

例えばこのような場面で、私は「そもそも・・・」と言って説明や質問をしています。それは、そういうところに立ち還って考えた方が、客観的で筋の通った答えを導き出せると思っているからでしょう。
私の仕事上の習慣であり、多分そうすることが最善で唯一簡単な方法だと理解しているからだと思います。

想い起こすと、そうすることで数々の難題を乗り越えてきたと思うし、社内や業界を敵に回してでも自分の考えや行動を曲げなかったのは、「そもそも・・・」という根本的な自問自答をして得られた結論だったからなのでしょう。

ただそういう大事な場面において、私はあまり自問自答を繰り返すこともなければ、他の人の意見に振り回されることもなく、ほぼ直観的に「これは正しいか」を判断しているような気がします。

多分、それ以上のことを考え始めると、「損・得」や「メリット・デメリット」といった自己都合の考えに陥っていくのがわかっているからかも知れません。自己都合の考えに流れていくと、いずれ『論理破綻』を起こすでしょうし自分らしく生きることから遠ざかってしまいます。私はそういう自分を見たくないし、そういう恥ずかしい思いもしたくないという単純なことに起因している気がします。

私の仕事のやり方と他の人の仕事のやり方で幾分異なる点があるとすれば、私の場合「そもそも・・・」と考え行動することが多いということがわかってきました。

そもそも、社会企業家も社会ビジネスも社会的企業も、社会という文字は必要ありません。なぜならば、人も仕事も企業もすべて社会を良くするために存在しているものだからです。
経済一辺倒、利益至上主義的な一企業の都合のいい論理から脱却し、『心豊かな社会をつくる』という企業本来の使命に立ち還りそれが当たり前の世の中になれば、社会という文字は自然に消えていくことでしょう。

「そもそも・・・」
みなさんも少し使ってみたら如何でしょう。
物事がくっきり、スッキリとしてくると思いますよ!

 

Comments are closed