鈴木重子さんへのインタビュー

第1回目のインタビューを、ヴォーカリストの鈴木重子さんにお願いしました。実は鈴木重子さんは、8年ほど前から興梠さんの温熱療法(テルミー)を受けておられます。急なお願いにも拘わらず快く受けていただき色々なお話を伺うことができました。また「心の底から楽しく仕事をする大人」の大切さについてもお考えをお聞きすることができました。
インタビューを始める前に、「TEAM社会企業家」の趣旨をご説明したり3.11のことなどをお話ししていたら、部屋のドアがスッと開きました。それに気づかれた鈴木重子さんが「あれ、誰か参加しに来ましたね(笑。」と言われました。目には見えないのですが、ドアが開いて誰かが入って来たようです。「兄かな。」私はそう思いながら、「さあ始めましょうか」と切り出しました。
すると鈴木重子さんは、「なんで東大法学部を出たのに歌手になったのかを、お話ししたいと思います」とご自分のことを話し出されました。(聞き手 昆野)

Q:どんなお子さんだったんですか?

鈴木重子さん:学校の先生や親から言われたとおりに一生懸命努力する子どもでしたね。競争に勝つよう言われ続けて、気がついたら東大文一(法学部進学課程)に入ってしまったみたいな感じでした。

Q:東大に入ってみてどうでしたか?

鈴木重子さん:それが、とても困ってしまったんです。それまで、「東大法学部に入ったら、学歴を印籠のように振りかざして(笑)楽しく一生遊んで暮らせるだろう!」と思っていたんです。でも、入学して気がついたのは、自分がますます大変な競争の中に放り込まれたということでした。しかも不運なことに、私は法律の勉強が全く肌に合いませんでした。興味もなく、やりたくもないことを、激しさを増す競争にひたすら勝つためだけに、ただやり続ける一生!?自分がそこにいる意味がまったくわからなくなり、どこにも行き場がなくなっていって、最後の2年間ほどは、今でいう『引き籠り』状態で過ごしました。
大学に入るまでは、私の前にはレールが敷かれ、そこを走りさえすれば存在をみとめられた。でも、東大での競争からドロップアウトして初めて、「私の人生って私ってなんなの?人間って何なの、何のために生きているの?」といったことを考えざるを得ない状況になったんです。

Q:人前で歌い始めたきっかけは何でしたか?

鈴木重子さん:私は小さい頃から音楽が好きで、特に歌うのが大好きでした。学生時代を通じて、バンド活動をしていたのですが、もっと上手になりたいと思って、大学に入ってからジャズの勉強を始めました。本当に法律の勉強が大変で、引き籠り状態だったとき、唯一私を助けてくれたのが、アルバイトのつもりで始めたジャズクラブのステージでした。今、思い出しても、当時の記憶はぼんやり曇って何もないのに、歌いに行った時の記憶だけキラキラのピカピカ。私って生きてたんだ!身体があったんだ、感情があったんだ、ごはんって味があるんだ!と思いました。お客さまもすごく喜んでくださって。
私が歌うと、自分の裡(うち)深くから出てきた魂の振動が外に溢れ、それが聴く人に伝わってゆく。そのことが本当に興味深くて不思議で、こころが震える感じでした。

Q:東大法学部を出てなぜ歌手に?

鈴木重子さん:歌手になりたい、なろうと思ったことはないんです。故郷では皆が応援してくれ、東大に入ったことを喜んでくれているのに、そんなことをしてはいけないと思っていたし、自分に歌う才能があるとも思えなかったので。
変化はある日、ライブ帰りの山手線の中で、急に起こりました。酔ったビジネスマンで一杯の電車の中、譜面で重たいバッグを抱えながら、私は「ああ、今日のライブはここがすごく上手くいった!明日は何を歌おう?」と考えていました。そしてふと気づいたんです。今までの人生の中でこんなに幸せだったことはないって。それまでの人生は、明日の勝利のために今の幸せを我慢する人生でしたから。
いま、幸せだと感じることをやろう。それで幸せになってくれる人たちがいる。その『幸せの循環』の中で生きていこう。その瞬間、私はそう決めたんです。

ココが味噌なんですが・・・『私は歌で行こう』と決めたんじゃないんです。だってそうしたら、これまでと同じ競争を、今度は『歌』の分野で始めてしまうことになるでしょう。
本当に心から楽しく感じることをして、食べられたらそれでいい。そうやって生きて行こうと思いました。当時は今と違って、『自分を見つけよう』とか、『幸せってなんだろう?』とか、そういうことを言う人や本は、世に出ていませんでした。バブルの絶頂期で、人々はみんな、経済はこれからどんどんよくなると信じていた。『もっとがんばって』『もっと大きく』『もっと早く』….『もっと、もっと』が当たり前の時代だったんです。そんな時代に、助けもなくひとりで、自分自身にとって意味のある生き方を見つけられたのは、私にしては上出来だったなあって思います。 20代で、とことん行くところまで行ったことも、よかったと思っています。競争に勝つ人生は私にとって本当に意味がないということが、心底よくわかったから。

「心の底から楽しく仕事をする大人」とありますが、そういう大人が世の中に溢れることは、すごく大事なことだと思うんです。自分が幸せじゃない人は、不幸せな人を見過ごしてしまう。他の人も我慢して当然と思い、みんなで我慢しようとする。そのうち社会の不幸せが増えて、あるときボカンと爆発して、戦争や大不況が起こってしまうことにつながるのではと。
それぞれの人が自分の幸せに責任をもつことは、大人として大事なことだと思います。いい意味で「我がまま」に。自らが自らの選択で自分が幸せになることを、子どもたちに見せるということはすごく大切なことです。

Q:何を大切に生きていますか?

鈴木重子さん:歌手になって25年になりますが、最初の頃に比べて、悩みの質が変わったと思っています。今一番大切なことは、いかに自分に正直に生きるかということ。
これから世界は『答えのない時代』に入っていくと思います。これまでは、何かにつけ『正しい既存の答え』があって、それに従えばよかったし、認められもしたけれど、これから先は、それがもう通用しない。経済も、政治も、自然環境も、すべてが未曽有の時代に入りつつあります。これまでの『正解』も『間違い』も手放し、ひたすら試行錯誤して、こうなったのか、では次の手を・・・というふうに、やっていくしかない。それが醍醐味でもありますね。
『問題をつくり出したのと同じマインドセットでは、その問題を解決することはできない』アインシュタインの言葉です。今までと違う、新しいことができるようになるためには、これまで慣れ親しんできたマインドセットを手放さなくてはならない。『これは知っている、分かっている』と思うことを投げ捨てないと、新しいところに行くことはできないのです。それは、ある意味でとても怖いことだけれど、一方で、行けば行くほどより深く魂の震えるような感動があり、より深く世界とつながってくというのが、私の経験です。

最近、世界はなんて美しいところなんだろうと思うようになりました。単なる景色のきれいさ、とかいうことではなく、ものの存在それ自体が、いかに尊いものか、とでも言ったらいいでしょうか。そのひかりに魂が呼応するのです。例えば、目の前の椅子、道端に落ちているごみ。どんなものもすべて、かけがえなく素晴らしくそこに『在る』。
世界で起こっていることのお祝いと嘆きを両方自分の中に引き受けるようになって初めて、そう感じられるようになったのだと思います。
『楽しみ』といっても、例えば寝転がってポテトチップを食べながらテレビを観ている楽しみと、ステージに立って本当に全身全霊を込めて歌うことの楽しみは、ずいぶん質が違います。『心の底から楽しく』という言葉を聴くとき、私にとってそれは『自分の全体、全身全霊で生きているという醍醐味』という意味に聴えます。

Q:興梠さんのテルミーとの出会いは?

鈴木重子さん:もう8年くらいになります。最初は土屋はるみさん(別名サヒさん)にテルミーがいいんじゃないと紹介してもらったのがきっかけでした。
初めて興梠さんとお会いした時は、こんなすごい人が近くにいるなんて、本当にラッキーだと思いました。世界中からひとが勉強に来ちゃうようなすごい人が、たまたま(笑)。私、テルミーの器具も持っています。そのうちだんだん上達したいですね。
興梠さんのお話はいつでも、本当に面白くて、笑っているうちに目から鱗が落ちるようなものでいっぱいなので『今日の興梠さん』というタイトルの『語録』を作りたいんです。
まずは興梠さんや、他の方々が執筆された「TEAM社会企業家」の文章を、是非多くの人に読んでもらいたいですね!

Q:南三陸との出会いは?

鈴木重子さん:震災後にずっと行きたいと思っていたところ、劇作家の篠原久美子さんがほぼ毎月仮設住宅を訪問されていて、ご一緒したのがきっかけでした。こちらにいてテレビで観ているのと実際とは大違いなので、行くことができて本当によかったと思います。
美しかったはずの海岸の形が変わり、がれきの山が連なる光景を見るのは、本当に心が痛みました。仮設住宅の集会所で、小さなコンサートと『お茶っこ飲み会』をしたのですが、歌うことを通じて、みなさんのこころに触れる経験ができたことを、本当にありがたく感じています。

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南三陸の『お茶っこ飲み会』にて


今回の鈴木重子さんのインタビューは、ずいぶん急にお願いしたものです。にもかかわらず鈴木重子さんはとても親切に、とても丁寧に、とてもいいお話をしてくださいました。

ちょっと経緯をお話しすると、私は「インタビューがいいな」と思い、興梠さんに「いろいろな方にインタビューをして、その内容を掲載したいと思います。そして相手の方に次のインタビューをさせていただく方をご紹介いただきたいと思っています。トップバッターがかなり重要になりますが、鈴木重子さんはいかがでしょうか?」とメールを差し上げました。
すると興梠さんから、なんと偶然にも「今日の夕方、鈴木重子さんが来られる予定です。」と返信があったのです。ご縁というものを実感した一日でした。
本当にありがとうございました。

次のインタビューは、鈴木重子さんからご紹介いただいた方にお願いする予定です。
これから、「人の輪」がとても心地良く広がっていくことでしょう。

鈴木重子公式サイト
鈴木重子Facebook
鈴木重子後援会

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