なぜ今、社会企業家なのか?(2)

心の底から楽しく仕事をする大人を、私たちは「社会企業家」と呼ぶことにしました。そんな定義はどこを探しても出てきませんが(笑。

心底楽しいというのは感覚であり状態です。 考えてそうすることではなく、何かによってもたらされるものです。そういう感覚は、「自分らしく」生き「自分らしく」仕事をしている人に多くもたらされると思うし、そういう人たちと会った時に様々な事象に対する問題意識も共有されやすいと感じます。ということは共通の目的意識のもとに行動も起こりやすいし、継続性も高まることでしょう。

「社会企業家」というと、すでに起業し社会ビジネスで実績のある立派な人を想像するかも知れませんが、そうではありません。心底楽しく仕事をしている大人こそが、自分の損得に埋没せずに仕事をしているし、そう心掛けている人の周囲にはポジティブな連鎖が起こります。
現在の立場が経営者、起業志願、会社員あるいは学生であっても構いません。ここでは「社会企業家」とそれを志す「志士」と呼んでいます。会社員であれば「社内」起業家を目指すこともできるので、自分がいる会社を社会的企業に転換していく原動力になってもらえればHappyですね。

もう一つは、敢えて「大人」と書いている点です。個人的には、子どもの頃の夢や希望を持ち続けて生きることは素晴らしいことだと思っています。心のありようが大人である必要はないと思います。「大人」と書いたのは、子どもたちからみて大人に見えるのだから、そう見える人たちは子どもたちが夢や希望をもって成長するための妨げになってはならないという意味を込めています。

子どもたちから見て大人に見えるんだから「ちゃんとしようよ」という感覚と、我慢や責任転嫁をしてつまらなそうに生きている大人が蔓延っていると、子どもたちは息苦しいんじゃないかなという感覚によるものです。「大人」に見える私たちは、子どもたちが思いのまま思う存分生きるよう見守るか、自分自身が「自分らしく」思う存分生きるしかやりようがないのではないでしょうか。

つまらない顔をして生きている「大人」たちは、子どもたちからみたら迷惑に違いありません。あるいは可哀想にみえるのかな。。
こんなことを想いながら、「心の底から楽しく仕事をする大人」を「社会企業家」と呼んでいます。

また社会企業家が志し、実践するのは「社会ビジネス」です。社会ビジネスというのは、ビジネスによって社会的課題を解決するものですが、ビジネスである以上本業あるいは収益事業にしていかなければなりません。ここでは非営利活動やCSR(企業の社会的責任)活動とは区別しています。
区別する理由は、企業本来の使命がそうだからです。企業には、本来の使命を果たす責務があります。社会があって企業が存立しているという当たり前のことを、それぞれの企業は肝に銘じ取り組み始めなければなりません。
心底楽しく仕事をする大人が増えてポジティブな連鎖が起こり、企業による社会ビジネスによって心の豊かさを取り戻していくことで、すべての企業が社会的企業といえるようになるでしょう。

経済最優先の社会では、企業は常に競争に晒され効率を追求しなければなりません。消費者や市場の要求も、高品質で低価格な製品・サービスに偏りがちです。それは「我慢」や「責任転嫁」が蔓延る社会が、それらの欲求を満たすことを優先しているからに他なりません。多くの企業は、このエゴである欲求を顧客ニーズや市場ニーズと呼んでいるようです。
企業本来の使命を果たすための社会ビジネスの事業化は、社会に対する問題意識をもった消費者や市場の要求とともに発展していきます。

私たちは、仕事上では製品・サービスの供給者かも知れませんが、プライベートでは消費者であり市場の一員でもあります。よってこのようなネガティブな連鎖を断ち切りポジティブなスパイラルに変化させていくのも、私たちの心のもちように依るところが大きいと私は思っています。

 

 

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