志士自由録

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「投稿受付」にお寄せいただいた投稿文をご紹介しています。「TEAM社会企業家」に賛同・共感された方や関心をもたれた方は、気軽に「投稿受付」から投稿してください。お待ちしております!

 

素敵な人、魅力のある人

<水邊慧子さん(大学生)からの投稿文>

今、昆野さんがこのような活動をされていることに、納得感と共に高揚感を感じました。かっこいい大人を目指す人、信念がある人、夢がある人というのは、いつの時代も何歳の人でもきらきらしているなぁと思います。
私はまだまだ人生経験も未熟で社会にも出ていない身分ですが、ここ数年で以前には考えることもなかった又は考えていたとしてもそれを意識していなかった、「将来こうありたい」という自分の姿について考えるようになりました。
個人的にはなんだかそれが少しは成長している証なのかなぁなんて、「にやっ」としてしまう所がまだまだなんですねきっと。 

拝読していて「素敵な女性になりたい」と、ふとはっきりと思った瞬間があったんです。
文字にするとすごく漠然としてしまうのですが、私の気持ちの中ではこの言葉がとてもはっきりとぐっと来たんです。「いつもきらきらしていたいな、また会いたい人になりたいな」と思うようになりました。 

そして昨年アイルランドに留学していて私が新たに思うようになったことは、「自分がしたい、なりたいと強く思ったことは、本当に実現するんだ(そんな気がしているだけかもしれませんが)」ということでした。意思を持つことや思うことの力はすごく大きくて、頭の中のことだけではなく、実際できることがたくさんあると気づくようになりました。 

もう一つ『人間はすべてを選択している』という記事を読み、私が落ち込みそうになったときやこの選択が正しかったのか不安になったときに、自分に言い聞かせる言葉を連想したと同時に、意識して選択する大きな事柄以外の行動も、無意識の内に自分で行っている小さな選択なのだという新たな発見を貰いました。

ダラダラと脱線したことを書いてしまってすみません! 皆さんの記事を拝読したら色々と自分の思っていたことや言い聞かせていることが、「ぽん」と浮かんできたので書いてしまいました。

私がとても感謝していることは、このような素敵な大人の方が私の周りにいてくれることです。
貴重な出会いを貴重な機会を、いつもいつもありがとうございます。

 

鈴木重子さんへのインタビューを拝見して

<田上順次さんからの投稿文>

鈴木さんのおっしゃることに共感します。幸せに生きる、楽しく生きるって一番大切ですよね。
しかし、決して「楽」をすることではない。幸せ感、楽しさ感を得るには努力も必要だし、厳しい鍛錬が要求されるかもしれない。
楽に過ごすには、自分の立ち位置や自己検証をすることなく、時代に流されればいい。
れは今の体制が最も歓迎する国民の理想像でしょう。

とりわけ混沌とした今日こそ、鈴木さんがおっしゃることを反芻し、各自が、それぞれ原点回帰し、自己検証が求められているのではないでしょうか。
不幸せと妥協するな!不公正を容認するな!個々人が自由に考え、行動し、幸せを感じ、楽しさを追求することが社会を変え、戦のない世界に導く。

「幸せは歩いてこない。だから歩いて」そんな歌が半世紀前にあったかな?

 

 

人間は土管と一緒
<田方博史さんからの投稿文>

放才能さんの「心と身体」(五臓六腑・・・六腑は中が空洞のもの・・・)を読んで、以前「トポロジー」の入門書の超入門書のような本を読んだ事を思い出しました。トポロジーとは図形を穴の数で分類すると言う事のようです。例えば、ドーナツとコーヒーカップはトポロジー的に見れば一緒!なぜか?

それは、粘土で出来たドーナツの穴をそのままに、端っこを引っ張り出し・捏ね繰り回せばコーヒーカップを作れる。だから一緒。切ったり貼ったりせず、ただ粘土を移動しただけでそれは成せます。穴はひとつ。だから一緒。因みに球体も立方体も穴は0。だから一緒。

人間は胎内でまずミミズのような物に発達(?)し、更に切ったり貼ったりせず捏ね繰り回して五臓六腑を作って人間になるそうです。そうすると人体も口から肛門までの、穴一つ。人間もミミズも一緒、ドーナツや土管と一緒。という事は、内臓の中に「外側」が一本通っていると言う事になるのでしょうか。

アレが要るからコレも要る。ゴテゴテ作り足した人体は永遠に未完成で不恰好。もしや、口から肛門までの一番大事な「本管」以外は付属品で、究極的には要らない嗜好品なのではないでしょうか?と、こんな余計な事を考えられるのも嗜好品のお蔭様でしょうか?